美食の都リヨン、その1
もはやコロナ以前ははるか昔のような気がするが、未完になっていた年末年始リヨン旅行の続きである。
たった数ヶ月で、世界は一変してしまった。
さて、リヨンに着いた我々は、Uberでホテルに向かった。地下鉄も便利なのだが、もう公共交通機関はお腹いっぱい。要は飛行機だの鉄道だの、乗り物に乗りすぎて疲れたのである。
ホテルはオテル・ル・ロワイヤル・リヨン、アコーホテルズのホテルブランド、「Mギャラリー」の一つである。ベルクール広場の目の前、最高の立地だ。
オテル・ル・ロワイヤル・リヨン。かわいい外観。
一応5ツ星なのだが、フロント・スタッフはザックリした感じなのが気楽で良い。着いたのは13時過ぎ、15時くらいまで部屋に入れないとのことなので、荷物を預けて観光することにした。コンシェルジュ(?)はタランティーノを太らせ、盥でざぶざぶ水洗いして神経質さを洗い流した感じの中年男性で、そのまま天日干ししてアイロンをかけ忘れたような、良く言えばカジュアルな雰囲気である。リヨンのタラちゃんは、ニコニコしながら無料の観光マップを広げ、ボールペンでゴリゴリ書き込みながら観光案内をしてくれた。事前に調べてきた以上の情報はなかったが、そもそもこういうものは現地人に聞くことに意義がある。現場人に聞いても同じ内容ならば、日本で調べてきた情報の信頼性も増すというものだ。(まあリヨンくらいにもなれば日本でもかなり情報は手に入るのだが)
筆圧でボコボコになったマップをバッグの奥に仕舞い込んだら、さあ出発だ。
先にも書いた通り、ホテルのすぐ目の前がベルクール広場である。赤い砂が敷き詰められた、だだっ広い公園で、中には観覧車があった。
この観覧車、なんとゴンドラがオープンエアである。回るスピードもやけに速い。希望すれば係員が回してくれるのか、地面に鉛直方向を軸としてグルングルンに自転しているゴンドラもあり、もうめちゃくちゃである。正直外れるんじゃないかと心配になった。大人1人9ユーロ。気にはなったが、こんなにテキトーな観覧車に1,000円超は高い。
オープンエアー。寒くないのか。
テクテク歩いてソーヌ川を渡り、タラちゃんが「美味しいお店がたくさんある」と言っていた旧市街を目指した。腹が減っては戦もできなければ観光もままならない。
それにしても、ヨーロッパは縦列駐車がクソうまい。前後の隙間が15センチくらい、横もホイールと縁石の間1センチくらいまで寄せている。それでいて、ホイールにもバンパーにも傷がないのである。どうやって停めたのか、またどうやってここから抜けるのか、さっぱり予想がつかない。キウイが1台停めるスペースに3、4台は停めそうである。
ハトちゃんも、みっちみちに縦列駐車中。冬の鳥はふかふかしてかわいい。
さて、昼食である。リヨンに来たからには、郷土料理を食べさせる大衆食堂、Bouchon(ブション)をハシゴしなければならないだろう。
※ブションについてはこちらに詳しい。
ここはやはり、リヨン・ブショネ協会の認定の印、Boy hind Lyonnaisマークのある店に行きたいところだが、これが案外少ない。
旧市街を歩き回ってみたが、いまいちビビッと来る店がない。店構えから露骨に「それっぽさ」が漂っているのが却って鼻につく。「我々は気難しいのだ。)
そのうち飽きてきたので、仕方なく見た感じ盛況そうな認定マーク付きのレストラン、La Laurencinに入った。
ガラスの扉を開けて中に入ると、むっとするアンモニア臭が鼻をついた。臭い豚骨ラーメン店のような、死んだ生き物特有の臭い。好きな人には堪らないのかもしれないが、そうでない人には別の意味で堪らない匂いである。
とはいえ、今さら出るのも無粋というもの。我々は15ユーロのスリーコースと、potの白ワイン(11ユーロ)と水道水を注文した。potとは「ポ」と発音し、容量0.46リットル、リヨン特有の単位で上げ底のガラス瓶に入っている。
ネットの海の賢者によると、19世紀、リヨン絹製造の労働者たちは仕事の後にブションで食事をするのを常としており、毎週17オンス(約0.5リットル)のワインが雇用主から与えられていた。しかし、労働者にとって悲しいことに、1843年にpotの1単位が16オンス(約0.46リットル)に減らされてしまった。減らされた1.3オンス分が特徴的な上げ底の瓶の由来である。
閑話休題。
このブションで、夫はオニオングラタンスープ、トリッパ煮込み、そしてデザートにタルト・タタン、私はウフ・アン・ムーレット、牛肉のブルゴーニュ風煮込み、そしてリヨン名物真っ赤なプラリネタルトを注文した。ウフ・アン・ムーレットとはポーチドエッグの赤ワインソースのことで、牛肉のブルゴーニュ風煮込みはつまり牛肉の赤ワイン煮込みのことである。重複して赤ワイン味の料理を注文したのは、他のメニューは全てケモノ臭そうな予感がしたためである。また、プラリネタルトは正確にはTarte a la pralineと綴るのだが、読み方は「タルト・ア・ラ・プラリネ」ではなく「タルト・アラ・プラリィンヌ」である(そう言わないと伝わらなかった)。
オニオングラタンスープ。チーズが多い。
ウフ・アン・ムーレット、味が濃い。
臭いトリッパ煮込み。臭い。
ブルゴーニュ風煮込み。脂っこいが普通に食える。添え物の芋グラタンが美味。
タルト・タタンと山盛りバニラアイス
プラリネタルトと山盛りバニラアイスに激甘ストロベリーソースを添えて。旨い不味い以前に頭が痛くなるほど甘い。
「ブションは恐ろしく量が多い」と聞いてはいたが、実際アホのように多かった。胃袋の容量が我々アジア人とは桁違いに多い白人様ですら付け合わせの芋をまるまる残していたレベルである。ウブな我々は「食べ物を残すなどケシカラン」と付け合わせからデザートまで完食し、結果きっちり胸焼けした。ちなみにデザートのプラリネ・タルトはハードコアというか頭がグラグラと痛くなるほどの強烈な甘さである。私も相当な甘党だが、それでもなかなかツラかった。上品な甘さに慣れた日本の皆様には全くオススメできない。
混雑の割に普通の味だが、値段を考えると妥当な線かもしれない。優良可で言えば可、鼻を摘んでいれば至って普通である。ただし、ブルゴーニュ風煮込みに添えてあった芋グラタンは、しっかり熟成させた芋が甘くて美味しかった。夫が食べたトリッパは予想通り、ワインと一緒に食べないと辛いレベルの臭さだったらしい(私は味見をする気にもなれなかった)。だから言わんこっちゃない。お前はこのアンモニア臭の充満するレストランで呼吸してたのか?と舌先まで出かかったが飲み込んだ。きっと鰓呼吸でもしていたんだろう。
まあ、リヨンの風俗を知るには良かった。リヨンの数多いレストランの中で、自分好みの店だけをハシゴしていては本当にリヨンに行ったとは言えないのだ。
さて、それほど肉が好きではない私は、この昼食ですっかりリヨンの肉料理に偏見を持った。量がアホほど多く、ケモノ臭く、しかも油脂が重い。
「肉は食うまい。クネル(リヨン風のハンペンのような代物)のみを食おう。」と、密かに誓った。
重い腹を抱え、フラフラ散歩をしてホテルに戻った。
ショーケースにぎっしり並んだ真っ赤なプラリネ。甘そう。
フロントで荷物を取り、エレベーターに乗り込んだ。ふと耐荷重を見ると1,050キロ、定員14名。1人75キロの計算である。日本よりも10キロ重く(日本は1人65キロ)、西洋人との体格の差を思い知る。
部屋に入ると、とりあえずベッドに倒れ込んだ。清潔なシーツの上でゴロゴロする。実に38時間ぶりのローリングであった。
ホテルの部屋。インテリアが可愛くて盛り上がる。
しかしバスルームはシャワーを浴びたらトイレまでビシャ濡れになるタイプ。
しばらく仮眠を取り体力を回復させてから、フランスのスーパーマーケット、モノプリを冷やかしに出かけた。
1番の目的はフランスワインやシャンパン等の価格の下調べである。この手のものは日本で買うより圧倒的に安いので、是非買って帰らないと帰国後、後悔で酒浸りになるであろう。第2の目的は腹ごなしである。まだ腹が重いので、夕食までに歩き回ってエネルギーを消費せねばならぬ。
モノプリでフランス酒その他ケシカラン缶詰やオヤツがないか探していると、調味料コーナーにブイヨンジャポネーゼなる箱を見つけた。表に昆布、椎茸、カツオ節の絵が描いてある。グルタミン酸、グアニル酸、イノシン酸のトリプルアタック。万能出汁のようだが、なんとなくクドそうな気もする。リヨンのご家庭でどのように使われているのか気になる。
モノプリを出てさらに散歩して時間を潰し、まだ腹は空いていないながら、日本で予約してきたブション、Bouchon Tupinに入った。トリップアドバイザー1位の店である。我々は、21.5ユーロのスリーコースをシルヴプレした。ロゼをポで注文し、夫がパテ・アンクルート(パテのパイ包み)、子牛の煮込み、私がセロリ・カプチーノという謎料理、そして誓いを守ってクネル・リヨネーズ、そしてデザートは2人ともライスプディングである。日本では不人気の甘い粥ことライスプディングだが、実は私の好物である。
料理を待っていると、レストランにモップのような可愛い犬を連れたカップルが入って来た。案内されたのはなんと我々の隣の席である。ワン公眺め放題である。やった!かわいい!
と、ギャルソンが恭しくワン公にステンレス容器を差し出した。中には水が入っている。お犬様はトテトテと近づき、ちろちろと少しだけ水を飲んだ後、テーブルの下の見えないところに隠れて2度と出てこなかった。もっと見たかった。
犬はさておき料理である。味付けに気が利いていて、一品一品特徴があって楽しい。何事もメリハリは大事なのだ。
とりわけ白眉であったのはパテ・アンクルート。みずみずしく、肉の臭みが全くなく、それでいて肉の旨味がギュッと凝縮され、これぞパテの理想形。これまでに食べたパテはなんだったのか。
そしてセロリカプチーノという謎料理。平たく言えばセロリ臭い泡泡のスープなのだが、クリーミーで洒落た味がした。あまり他で食べたことのない味で未知との遭遇感があったが、私はかなり好きな味である。
好物のはずのライスプディングは残念ながら微妙だった。ガツンと甘く、不必要なキャラメルソースがモリモリかかっていた。別に美味しいは美味しいのだが、コレジャナイ感がすごい。
セロリカプチーノ、セロリ風味のふわふわの泡。
パテ。これが本場の実力というやつか。
クネル。洒落乙ハンペン。やや所帯臭い味で旨い。
ドナドナされた子牛の煮込み。(そういえば味見にしてない。)
ライスプディング。本当はちょっと曖昧なくらいが美味しいと思うの。
ワインは、ヌーヴォーじゃないボジョレーことガメイのpotなど。あの美味しさで酒飲んで2人で90.10ユーロはコスパ最高なんじゃないか。さすがトリップアドバイザー1位は伊達じゃない。
惜しむらくは、昼食が重かったせいで食事前に既に腹が重かったことである。空腹だったなら、きっともっと美味しく食べられたはずだ。
なぜ我々は限界まで食べてしまうのだろう。
この夜、オテルに戻った我々は、満杯の腹に引き摺られるようにしてベッドに倒れ込んだ。