ウラジオストク(爆走タクシーGett編)
前回のあらすじ(90年代少女漫画風)
ペンちゃんは、旅行が大好きな、ちょっとBBAな女の子。連休を利用して、ウラジオストクにドキドキ一人旅をしているの。金属探知機にチョコレートが引っかかったり、トラブル続出!?なんとか無事に切り抜けられたけど、意地悪なロシア人にたらい回しにされるうちに、空港に向かう電車を逃しちゃって・・・!?
まあそういうことだ。ロシア人お得意のたらい回しのせいで、エアポートエクスプレスに乗れなかった私ことスズキペンである。
(ちなみに実際ロシア人は意地悪ではない。むしろ親切すぎるくらいだ。)
何しろアエロエクスプレスは1日5本しか走っていないので、次の電車を待っていては帰りの飛行機に間に合わない。仕方なくバス乗り場をうろついてみたものの、空港行きのバスが見当たらない。
もはや空港に向かう公共交通機関がないのだ。
しかし!こんなこともあろうかと!
iPhoneにタクシーアプリを入れておいたのだ。ウラジオストクはUberが対応していないが、欧州のタクシーアプリGettが使えるので、インストールしてカード情報を登録しておいたのだ。
俺のGettが火を噴くぜ!
Gettに行き先を指定してポチると、5分くらいで迎えの車が現れた。
シルバーのホンダフィット。しかも最近日本で見かけない初代モデルである。
少し脱線するが、ここで少しフィットについて語りたい。
実は、フィットは海外ではJazzの名で販売されている。Wiki先生曰く
当初は「フィッタ(Fitta)」という名称が予定されていたが、発売直前になってフィットと変更になったという。(中略)フィッタがスウェーデン語で女性器を意味する言葉だったことが、スウェーデンホンダからの指摘により判明したため、といわれる。
という噂があり、海外ではFitの名も使わず、Jazzを名乗ることになったらしい。これまで、海外でたくさんのフィットを見かけたが、いずれもロゴはJazzであった。
しかしながら、である。
この時やって来たフィットには、「Jazz」ではなく「Fit」のエンブレムが光っていた。(ちなみに2代目以降、綴りが「FIT」と全て大文字になった。)
さらに右ハンドル。ロシアは右側通行であるにも関わらず。
これが示すことはただ一つ。この車は日本から輸入した中古車なのだ。
ウラジオストクに日本の中古車が多く輸出されているとは聞いていたが、実際に目の当たりにするとなかなか感慨深い。ウラジオストクは思った以上に日本と関係が深いのである。
閑話休題。
小さなホンダフィットから出てきたのは、エド・ハリスを一回り大きくガチムチにしたみたいなコワモテのオッサンである。家で熊とか飼ってそうなロシア人を想像していただければ、だいたい正しい。
このオッサンを仮にイヴァン氏としよう。
颯爽と現れたイヴァン氏は片手を挙げて陽気に「ハロー!ナイストゥーミートゥー!」などと言いながら、のしのしと近づいてきた。
つい嬉しくなって「フィットだね!私も昔乗ってたよ!良い車だよね!」と英語で伝えたところ、怖そうな顔をポカンとさせて「ソーリー、英語はあまりわからないんだ」と英語で言いながら、太い腕で私のスーツケースを持ち上げ軽々とトランクに投げ入れた。
そしてイヴァン氏は無言で後部ドアを開けてくれたが、急に恥ずかしくなり、下を向いてそそくさと乗り込んだ。
イヴァン氏は、ドアを丁寧に閉めると「レッツゴー!」と(英語で)歌うように言い、アクセルを思い切り踏み込んでフィットを急発進させた。
交通量の多い街中なのに、なかなかジェントルな運転である(皮肉)。
有るか無きかの狭い隙間に猛スピードで突っ込み、強引な車線変更を繰り返すイヴァン氏。よく見ると、周りの運転も割と強引である。
不意に恐怖がこみ上げてきたが、後部座席にシートベルトが見当たらない。隙間に手を入れてゴソゴソ探っても見つからない。
わざわざ取り外したのか、仕様なのかはわからないが、ないもんはどうしようもない。腹をくくった。尻の穴がキュンとした。
まもなく高速道路に入り、エスカレートするイヴァン氏のドライビングテクニックが光る。
わずかな隙間を見つけては進路変更して車を追い越し、直線ではアクセルを奥まで踏み込む。
車線変更ではない。車線など関係なく、縦横無尽に走っているのだから。
縞々の軌跡を描いて流れていく景色。ふと、ハリウッド映画のカーチェイスを思い出した。
きっとこの車はフィット1.5ターボとかなのだろう。(※フィットにターボ仕様はありません。)
とにかく、私の知ってるフィットと違う。
「コレ事故るんじゃないの」と不安がよぎる。シートベルトなしでは、投げ出されて即死だ。
叫びそうになるのを堪え、スピードを感じないよう遠くの景色を見ることにする。
と、イヴァン氏が急にこちらを振り返り(前見て運転しろ)、「Do you have Japanese franc?」などと言い出した。
フラン?あの太いポッキーみたいなやつか?
怪訝な顔をしていると、どこからか硬貨を取り出して見せ(ハンドルちゃんと握ってくれ)、「1フラン持ってない?1フラン」などと言う。
あー、コインね、と理解して「ジャパニーズコイン?」と聞くと「ノー、フラン」と言う。
「コイン?」「フラン」のやり取りを何度か繰り返すと、イヴァン氏は「あー、いいや」という感じでプイと前を向いてしまった。
急に静かになった車内で、「フランってなんだよコインだろ」などと思っていると、イヴァン氏はロシア語で何事かボソボソと呟いた。面倒臭くなり、聞かなかったことにしていると、氏は急に「オー」などと言って笑っている。
そして、後部座席を振り向くと(いいから前向け)、持っていたスマホを私に見せた。そこにはGoogle翻訳のようなアプリが表示され、「Do you have Japanese coins?」と書いてあった。
・・・やっぱりコインじゃねえか。
先ほどの呟きは、翻訳アプリに音声入力をしていたのだろう。いや頼むから運転に専念してくれ。
「あるけど、スーツケースの中だから、今はないよ」と答えると「ふーん」みたいなことを言ってぷいっと前を向き、それきり話しかけてこなかった。持ってないと勘違いされたのかもしれない。
わざわざ話しかけることもないので、ウラジオストクの灰色の空を眺める。(スピードを感じないように)
ふと横を見ると「福山通運」と書かれたトラックが爆走している。これも日本からの中古車なのだろう。
急に日本が近づいて来たように感じた。
もう旅行も終わりだと思うと、急に寂しくなった。5日間、言葉が通じない中、一人で滞在するのは孤独でもあったが、自由と妙な充実感があった。センチメンタルな気持ち(と恐怖心)で窓の外の景色を眺めた。
そうしているうちに、イヴァン・フィット(1.5ターボ)は空港に到着した。
1181ルーブル、空港から市街地までのタクシー代(1500ルーブル)よりは多少安い。
イヴァン氏は「サンキュー」と言いながらニコニコとスーツケースを地面に置くと、さっさと運転席に戻ろうとしたので、慌てて呼び止めた。
ジャパニーズフランをイヴァン氏に渡さずに日本には帰れない。
スーツケースから、日本の硬貨を取り出し、どうぞと差し出す。それを見たイヴァン氏は、怖い顔をクシャクシャに崩して心底嬉しそうに笑い、色々な種類から迷わず1円硬貨だけを手にした。「50円玉とかいらない?穴空いてて珍しいよ」と言うと「いらない」と言う。その時教えてくれたのだが、世界中の1の硬貨を集めるのが趣味らしい。
ジャパニーズ・ワン・フランを手に入れ、ホクホク顔のイヴァン氏は、「アリガトウ」とスルリと運転席に乗り込むと、またもや猛スピードで走り去っていった。
これでウラジオストク旅行は終わりである。
まだ飛行機のチェックインが始まっていなかったので、空港の土産店で毛ガニを2杯買い(500ルーブル)、カフェでロシア名物ナポレオンケーキを食べて時間を潰した。
(これがナポレオンケーキ。ミルフィーユをもっと脆くしたような感じでウマイ。)
ケーキをガツガツと食べ終わり、がらんとした空港の天井を見ていたら、じわじわと日本が恋しくなってきた。
帰ろう。帰って思う存分、日本語を話すのだ。
ウラジオストクであったアレコレを、夫に事細かに話して聞かせよう。
そうして、ルーブルを大量に残して帰国した。ロシアにまた行かなければ。
おまけ
そういえば、ウラジオストクでホンマもんのネオナチに遭遇した。遭遇したのはホテルヴェルサイユ前の通りで、観光客も多い地域である。
本人に確かめたわけではないので、実際はネオナチではないのかもしれないが、スキンヘッドに黒ずくめ、タトゥーの入った白人男性は、9割9分9厘クロではないか。
来た道を引き返すか迷ったが、いかにも避けたと思われて刺激するのも嫌なので、目を合わせないように足早に通り過ぎた。
何事もなかったのは幸いだった。もちろん、ネオナチの皆さんも見かける黄色人種全てに絡むほど暇ではないのだろうけども。
怖そうに見えて優しい人もたくさんいたが、ガチで怖い人もいるので要注意である。おそロシア。