京都でおいしい和食が食べたい(京夕け 善哉)
独身の頃、旅行だ出張だ、と何かと京都に行っていたくせに、京都でちゃんとした和食を食べたことがなかった。
理由は単純、和食に興味がなかったためである。何やら奥深い世界が広がっているのかもしれないが、自分の国の料理なんて面白くないよね、となんとなく後回しにしていた。とにかく、教養のない私にとっては和食というだけで、珍しくもないモノを尤もらしく有り難がるような面倒臭いイメージがあったのだ。
そもそも、食べることにそこまで執着がない。かといってまずいものも食べたくないので、京都では適当に鰊そばでも啜るか(まあ鰊そばも和食といえば和食なのだが)、下手をすると京都駅前のマクドナルドでイモを食んで腹を満たしていた。とりあえず腹が満たされれば満足する人間にとって、フルコースの和食は値段も敷居も高すぎる。
そんな訳で、9月頭に京都に行った時も和食のワの字も浮かばなかったのだが、夫が何やら和食の店を調べて予約を入れてくれていた。まあ不味かったら夫に全部食わせようという失礼なノリでついて行った。
店は、夜に「京夕け 善哉」と、翌日昼に精進料理「阿じろ」。
結論から言えば、非常に美味であった。西を向き、京都の料理人たちに向かって土下座をしながらこれを書いている(誇張)。京都様すみません、無形文化遺産様ごめんなさい。
そういえば、関西の食べ物は薄味で有名だし、私の経験上、京都市内はそこらでテキトーに食べても、やたら洗練されたものが出てくる。不味い店は、光の速さで淘汰されるであろう。そんな土地で出される和食が、まずいわけがないじゃないか。考えなくてもわかることだ。
というわけで、まずは「善哉」で食べたものを写真とともに自慢したい。
京夕け 善哉(よきかな)
京美人の女将が、ザックリした感じでもてなしてくれる素敵料理店。落ち着いた雰囲気で、観光客よりも地元の人が多い感じがした。
今回は10,000円のコース也。出汁味強めなのが好みである。
席に通されたら、とりあえず日本酒。
店名と同じ「善き哉あ」(福島県 名倉山酒造)を2合。
冷酒を頼むと氷でギチギチに冷やしてくれるのが心憎い。
しっかり濃く甘く、重めの味なので、後の方に頼めば良かったと思いつつ、おいしいはおいしい。ぐびぐびっと喉を潤す。
先付、山芋豆腐。上にはイクラオクラ。
葛か何かで山芋を寄せたもので、シャクシャクとした食感でサッパリといただける。すりおろしたオクラのチュルチュル感と、イクラのプチプチ感が楽しく、ペロリと食べてしまった。
八寸、左上から時計回りに、菊菜のおひたし、秋刀魚の押し寿司、熊本の新銀杏、蛸の卵、中央はきぬかつぎ。
本来は鮑がつくが、貝類が苦手のため、代わりに蛸の卵になっている。
秋刀魚の押し寿司が上品で、銀杏がパツパツとして美味。
ここで日本酒2本目。京都は伏見の金鵄正宗を2合。
繊細ですっきり、たおやめ系の味である。こっちを先に飲むのが正解であった。
椀物、「月とスッポン」
丸い玉子豆腐様のものの中に刻んだ肉が入っている。肉は、名前の通りスッポンのものだと思うのだが、何しろスッポンを食べたことがないのでわからない。
出汁が柔らかく、舌に優しい。
向付、剣先烏賊、マグロ、明石のタイのお造り。写真を撮り忘れたがタイが美味。
炊き合わせ、山科茄子と鰊
京都らしい一皿。鰊っていいよなぁ。
ここで日本酒3本目、同じく伏見の酒味有甘酸。月の桂のプライベートブランドとのこと。
メニューに焼物に合うと書かれた通り、すっきりとしているが、食事に負けない旨みの強い味。
焼物、カマスの杉板焼き
カマスに杉板の香りが移り、まことに香ばしい。添え物の茶豆がまたパリパリで酒が進む。
杉板は、ようく噛んでいただきました(冗談)。
口取、イチジクと栗の渋皮煮
すぅっと冷たい優しい甘み。渋皮煮も品のいいお味。脇役ながら、この渋皮煮をもっと食べたい、と私は思った。
止め鍋、ハモの鍋物
写真では見づらいが、山椒の実が浮いており、これがとても良い仕事をしている。薄味の汁にピリリと山椒が香り、クラシックに洒落ている。
御飯物、蛸ご飯、生麩の味噌汁、胡瓜と茄子の糠漬け
ご飯も味噌汁もおいしかったのだが、特筆すべきは糠漬け。
もともと漬物は苦手なのだが、糠漬けは野菜の味が残っていて、臭みもなく、おいしかった。おかわりまでしてしまった。
6時間だけ糠に漬けて取り出しているとのことで、コアな漬物好きには物足りないかもしれない。
水物、かき氷
10種類程度もあるトッピングの中から、好きなだけ選んで乗せることができる。
今回は麹の甘酒と、生姜飴。我ながら全く地味な組み合わせを選んだものだが、味は良い。
ちなみに、女将曰く「ウチの料理インスタ映えしないで有名なんですよ。」
シンプルで美しいと思いますがねぇ。
京都に行ったら、またぜひとも伺いたい店である。
「阿じろ」編に続く。