社会の歪みと女子の悩み

毎年、この季節になると女子が気にすることといえば、脇の毛である。アンダーアームヘアー。第二次性徴で生えてくるアレ。

 

チクチクの脇毛ちゃんたちをカミソリでジョリジョリやったり、毛抜きで「痛っ」と悶えたり、はたまたドラッグストアの除毛コーナーをうろついたりしていると、頭をよぎるのは永久脱毛である。幼気な毛根をレーザーで焼き殺す文明の利器!

昔は地獄の痛みと言われたそれも、近年は「輪ゴムでバチーン」程度の痛みであると聞く。

毎年、ネットで値段を調べては、皮膚科に行こうかどうしようか、と考えている。

 

 

しかし、どうしても踏み切れない。

 

永久というからには、もう一生、生えてこないのでしょう?やっぱり欲しいと思っても、再び生やすことはできないのでしょう?

本当に後悔しないだろうか。

 

例えば、フサフサの脇毛がブームになることは本当にありえないのだろうか。

ノースリーブのブラウスからの脇毛チラ見せ。白い肌と黒い脇毛とのコントラストがたまらなくセクシー。

あるいは、青やピンクのカラフル脇毛や、きっちり編み込まれたドレッド脇毛。見えないところのお洒落である。

えー、アナタ脇毛ないの?遅れてるー!

 

これらが本当にないと言えるか?

例えば10年前、再び太眉の時代が来ることなど予想できたか?私はずっと細眉が続くと信じていたぞ。

 

 

さらに言えば、脇毛が生えていない人が迫害されるような世の中は、絶対に訪れないと言えるだろうか?

かつて、猫を飼っているだけで魔女と決めつけられ、眼鏡をかけているだけで知識人階級と見なされ、迫害された人々がいたことを忘れてはならない。

脇毛が生えていないために、差別対象になることがないとも限らない。

 

 

ここで唐突に私の妄想が始まるのだが。

20XX年、広がるモテ格差(笑)や異常な少子高齢化により、社会の歪みが増大し、ピラミッドの底辺にいる人々の一部が過激派と化す。そして「娼婦狩り」のムーヴメントを生み出すのである。

「快楽のための性行為は堕落だ!皆に子孫を残す権利を!」というスローガンの下、「娼婦」と見なした女子を連行し、拷問の後、処刑する。反対する人もまた「娼婦」や「娼館の関係者」として連行されるため、皆じっと見守るだけだ。自分と家族を守るために、密告する人まで現れる。「娼婦狩り」は、じわりじわりと広がっていく。

 

彼らの言う「娼婦」の特徴にはいくつかあるが、決定的なものとして「脇毛が生えない」というものがある。

「二次性徴を迎えた成人女子に必ず生えるはずの脇毛がないということは、永久脱毛したために他ならない。そんな愚かしいことは男に媚を売る娼婦以外にする人はいない!」というのが彼らの言い分だ。言いがかりでしかないが、今や正義は彼らにあり。誰も反論できない。

そうして、本物の娼婦だけでなく、もともと体毛の薄い人や、薬の副作用で脇毛がなくなった人々、単に永久脱毛していただけの人々まで迫害されるのである。

 

あの時、なぜ永久脱毛などしてしまったのだろう。なぜ皮膚科に足を踏み入れてしまったのだろう。

カミソリでジョリジョリやったり、毛抜きで「痛っ」と悶えたり、はたまたドラッグストアの除毛コーナーをうろついたりしているだけでも十分幸せだったのに。

永久脱毛で脇毛を失った女は、愛する人にそう言い残して連れ去られていくのである。

 

そして人類は、また愚かな過ちを繰り返す。