ウラジオストク(太平洋艦隊編、その1)

ウラジオストクといえば、太平洋艦隊である。

 

最近、私の中で日露戦争モノが熱いのだが、バルチック艦隊こと第二、第三太平洋艦隊が、遠き西の果てからドンブラコと向かった先もウラジオストクであった。

不幸なことに(我々日本人にとっては幸運なことだが)、ウラジオストクに辿り着く前に、彼らは、天気晴朗ナレドモ波高キ日本海で撃滅されてしまった。

ちなみに、日露戦争における私のヒーローは児玉源太郎である。(陸軍じゃん。)

 

そんな訳で、私が今回のウラジオストク旅行において最も楽しみにしていたのは、「太平洋艦隊博物館」であった。

 

この太平洋艦隊博物館は、今回宿泊したヴェルサイユホテルから離れたところにある。

歩けない距離ではないが、小銭もゴッソリたまってきたことであるし(オツリがいちいち細かいのだ、10ルーブルの釣銭を2ルーブルコイン5枚で渡してきたりする)、路線バスに乗ってみるのもまた一興であろう。

 

31番のバスに乗れば着くらしい。とりあえずホテル近くのバス停で待っていると、それほど待たずに目的のバスがやってきた。

前のドアからバスに乗り込み、21ルーブルを支払う。

支払うといっても、「さあ払いますよ」とジェスチャーしながら、運転席の横にある台に小銭を並べただけである。これが正しいかは知らないが、他にも多くの小銭が置いてあったから、間違いでもないのだろう。

信号で止まると、運転手は台から小銭を回収して、チャッチャッと音を立てて数えていた。

 

 

ウラジオストク駅に着くと、バスは停車したまま動く様子がない。乗客も皆降りてしまった。どうやらここが終着らしい。

しかし、終着ということは始発でもある。このまま待っていればいつかは発車するだろう。

 

ノンビリ構えていると、突然眼光鋭いオッサンが乗り込んできて、大声で運転手に何やら絡み始めた。

運転手も何やら怒鳴り返し、喧嘩のような雰囲気である。これはマズい。

オッサンの服は薄汚く、痩せこけている。まだ午前中なのに既に酔っているのか、呂律が回っていない。関わると面倒臭そうである。目を合わせないように、「私は空気」オーラを身にまとう。

 

しかし、オッサンは私に気づくと、近づいてきて早口で何やら怒鳴ってきた。なんとなく降りろと言っている気がする。(第六感である。)

「降りろってこと?」外を指して日本語で聞くと「ダー」と言う。何がダーなのか知らないが、仕方なくオッサンと一緒にバスを降りる。

 

駅で降りたところでどうしようもない。私は太平洋艦隊博物館に行きたいのだ。クニャージ・スヴォーロフの写真が見たいのだ。

 

ふとオッサンを見ると、運転手と談笑しながら、外でタバコを吸い始めている。

 

ここで気づいた。これはロシアあるある「怒鳴られたと思ったら、普通に話しているだけだった」なのだろう。

よく見ると、何かの障がいがあるようで、動きがぎこちない。呂律が回っていないのも、きっとそのせいであろう。案外いいやつかもしれぬ。

試しにオッサンに、地図を指さし「ヤハチューパイチー(I want to goの意)」と話しかけてみると、別の31番バス(!)の前まで連れて行ってくれた。さらに一緒にバスに乗り込むと、運転手に「この人を頼むよ」と話をつけてくれたようだ。(完全に第六感である。)

去りゆくオッサンにスパシーバ連呼。

 

ポケットから新たに21ルーブルを取り出して台に並べ、ここで得意の「ヤハチューパイチー(地図を指さし)」を運転手に繰り出す。

運転手は、パリッとアイロンのかかった清潔なシャツを着た知的な中年紳士である。ややダニエル・クレイグ似。

地図を見てもピンと来ていない様子なので「ここがヴラジヴォストークバグザール、ヤハチューパイチー、ここ」などと日露チャンポンで話すと、片頬あたりに「わかったぜ」という表情が浮かんだ(気がした)ので、席に座り、バスの発車を待つことにした。

 

エンジンがかかり、いよいよ発車となった時、先ほどのオッサンが再び乗り込んできて、私の後ろの席に座った。

私の肩をコツコツ叩き、「降りる時教えてやるからな」と言っている。(もちろん第六感である)

 

走り出したバスは、まもなく中央広場に停車した。要人でも来るのか、何かイベントがあるのか、警備員がたくさん集まっている。

後ろのオッサンは窓を開け、身を乗り出して、警備員に何やら怒鳴っている。バスが動き出しても、腕を伸ばして警備員の肩をパシーンと叩いたりしていた。

 

ふと、バスが規定のルートを逸れていることに気づいた。要人訪問だがイベントだかのせいで通行止めになっているのだろう、大きく迂回して、太平洋艦隊博物館から少し離れた場所にバスは停車した。

後ろのオッサンと運転手から同時に「ここで降りるんだ」と教えてもらい(第六感)、なぜか合掌しながらスパシーバを連呼して、バスを降りた。

 

Googleマップを見ながら太平洋艦隊博物館まで歩く。

中央広場からは離れているのに、ここにも警備員が何人かおり、車も全く走っていない。

これから何が始まるのだろうか。面倒なことにならなければ良いが。

少しだけ不安を抱きながら、博物館の門をくぐった。

 

その2に続く。