日日是女子日

細かすぎて役に立たない旅行ガイド

美食の都リヨン、その3

年末年始リヨン旅行の続き

 

この日の第一のミッションは、絵葉書を出すことである。ここでも度々書いているが、自宅に絵葉書を出すことは旅の楽しみの一つだ。郵便局もお国柄が出ていて楽しいのである。ちなみに「技術の進歩により世界と一瞬で繋がれる21世紀にあっても手書きの温かみが(略)」などというインターネット黎明期のような気持ちは全くない。自分で自分に絵葉書を書いて「温かみが〜」なんて馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 

さて、便利なことにホテルの隣がリヨン中央郵便局であった。前回パリに行ったときにも絵葉書は出したので、どうすれば良いかはわかっている。郵便局にある黄色い自動販売機で切手を買い、絵葉書に貼って出すだけである。自販機の使い方は簡単、重量と行き先を選んで、表示された料金を払うだけ。うっかり行き先にoverseasを選びそうになるが、ここはinternationalが正解だ。overseasは所謂フランス海外領土のことで、敗戦国の人間としては新鮮に感じる。切手をペッと貼ってパッとポストに投函して、難なくミッション・コンプリート。

 

そして第二のミッション。胃薬である。前日と同じドラッグストアでやっと購入できたのは、ヨーロッパでの胃の不快感に効くという「水で溶かして飲む錠剤みたいやつ」、そして万が一これが効かなかった時のために、ネットでオススメされていたガビスコンである。「水で溶かして飲む(略)」の名称を知らなかったものの、それらしいものが何種類か売っていたので1番安かった「オキシボルジン」とやら

を選んだ。

ビスコンは有効成分はアルギン酸ナトリウム、重曹が主成分の普通の胃薬である。制酸と胃粘膜保護が効能のようだ。一方、オキシボルジンは硫酸ナトリウム、リン酸二水素ナトリウムといった瀉下?制酸?成分と謎成分「ボルジン」を含んでいる。なんでも、ボルジンとは「ボルド葉」とやらに含まれるアルカロイドであり、胆汁分泌促進作用があるらしい。胃が重い原因は脂質の摂りすぎであろうから、我々に足りないのはまさに胆汁、真っ先に飲むべき薬は「オキシボルジン」の方であろう。ちなみに、以上は単にネットの海をサーフィンして得た情報を素人なりに組み合わせたものである。私に薬学の知識は全くないので真偽に責任は持てない。

 

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これが例の「オキシボルジン」、探し求めた「水で溶かして飲む錠剤みたいやつ」である。

 

「ボルジン」という強力な助っ人も入手したところで、我々はまた脂っこい料理を食べることにした。今回の店は

Cafe Comptoir Abelである。開店時間まで30分ほどあったので、周辺を無目的に散策した。運動して準備万端である。

入ってみると店内は意外に広い。感じの良いウェイトレスに2階席に通された。メニューを熟読し、迷った末、私は前菜にアーティチョークとフォアグラのサラダ、夫はザリガニのサラダを頼み、メインは2人ともクネルにした。ちなみに、クネルとはリヨン名物カワカマスのハンペンである。そしてpotでロゼと「オキシボルジン」用のタップウォーターを注文した。

コップに水を注ぎ「オキシボルジン」のタブレットを投入すると、シュワシュワと音を立てて瞬く間に溶けていった。タブレット自体はラムネ菓子の「ハイレモン」のような見た目である。水に溶かしたソレは、駄菓子にあった粉末のメロンソーダ(今もあるんだろうか)のような、あの嘘臭い炭酸風味がまず舌を襲い、次いでポカリを薄くして人口甘味料で甘さをつけたような、体に良くなさそうな味が残る。日本によくあるミント風味の胃薬のような清涼感は全くない。

しかし、飲んだ後なんとなく胃が軽くなってきた。そんなすぐ効くか?と思わないでもなかったが、気持ちよく食べられるのならこの際プラシーボでも構うまい。

 

さて、ここAbelはネットの皆様からの評判も高く、絶対に行きたい!と公式ページで事前予約をしておいたのだが、料理はいずれも期待を裏切らぬ良い出来であった。料理人がキッチリ拘っているのだろう、食材の味がピンッとしっかり立っていて、スタンダードな味ながら確実に美味である。味付けが良いというより腕が良いという感じ。ワインも進み、途中でpotでガメイを追加した。

 

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アーティチョークとフォアグラのサラダ。フォアグラの下に大きなアーティチョークが隠れている。


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ザリガニのサラダ。ザリガニはこの店の名物らしい。


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クネル。しっとりしていて、フワフワ。こんなに旨いものだわったとは!

 

軽い味付けではなかったが、「オキシボルジン」のおかげか2品食べ終わっても腹に余裕があった。この余裕はデザートで埋めるしかない。夫はババ、私は「シャルトリューズ・アイスクリーム」なる酒臭そうなものを注文した。シャルトリューズは言わずと知れた薬草リキュールであり、養命酒的に胃腸に効きそうである。てっきりシャルトリューズをかけたアイスクリームかと思っていたら、ガラス容器に入った素っ気ないシロモノが出てきた。一口食べればそれはシャルトリューズが大量に混ぜ込まれたバニラアイスクリームで、予想以上に酒臭かった。下戸の人はスプーン一杯で真っ赤になるだろう。ワインで気持ち良く酔っていた上にコレで、一気に酔いが回ってしまった。美味しかったがパンチが効きすぎだ(長靴いっぱい食べたいよ)。ちなみに、夫が頼んだババにも「さあ、好きなだけおかけください」と言わんばかりにラムが1瓶ついてきた。デザートが酒飲み仕様なのが、酒飲み的に良いと思う。


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シャルトリューズ・アイスクリーム。酔っ払う。


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ババ。ラムをビシャビシャかけ放題。

 

燃料(酒)補給したところでリヨンの街をさらに歩いた。カロリーを消費しないと、この先おいしく食べられない。全ては食べるために。日本で「あの時アレを食べればよかったのに!」と後悔しないために。

街を歩いていた気になったのは、地面に落ちている犬糞の多さである。歩道の真ん中に転がっているため、地面を見ながら歩かないと踏んでしまう。見れば、リヨンっ子は気にせずズンズン進んで躊躇なく犬糞を踏んでいる。犬糞が靴底につき、スタンプよろしく被害を拡大させるのである。なぜなのか!

 

散歩の途中でリヨン美術館も冷やかした。私は絵画に全く興味はないし、どんな名作でも「ふーん」くらいにしか思わないが、せっかく本場おフランスに来ているので、気まぐれに入ってみたのである。やはり「ふーん」以上の感想は持てなかったが、有名な作品が多いらしいのでわかる人には面白いのかもしれない。なお、私は知識もないくせにオーディオガイドも借りない主義である。イラチなもので、説明なんぞ聞いていられないのだ。

 

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ブールデル「弓を引くヘラクレス」どこかで見た気がしたが、箱根の彫刻の森美術館にもあるらしい。


リヨン美術館を出て、お土産にショコラティエでチョコレートを買い込んだ。Philippe AbelSève Maîtreの2件で、前者の方が現代的な感じで私は好みであった。後者も美味しいが、やや保守的。

そして、夕食にローストチキンとサラダ、ビールを調達してホテルに戻った。何も昼、夜両方ともレストランでスリーコースを平らげる必要はないのだと(今さら)気づいたのだ。チキンは消化に良いので疲れた胃にも優しい。野菜も一緒に食べれば、さらに優しさアップに違いない(なんとなく)。

 

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左から、チキンの添え物の芋、チキン(毟った後)、サラダ。芋が謎に日本人好みな味。チキンは別に日本で食べるのとそうは違わなかった。

 

続く。

 

おまけ。

リヨンはパンの焼きがどの店もけっこうキツかった。表面が焦げるくらいカリッカリに焼いており、やや焦げくさいのがリヨン流のようだ(知らんけど)。好き嫌いが分かれそうだが、私は好きである。

美食の都リヨン、その2

年末年始のリヨン旅行続き。

 

リヨン2日目の朝、爽やかな鳥のさえずりとともに目を覚ました。全く腹が減っていない。おかしい。これまで、どんなに夕食を食べ過ぎようとも我々の強靭な胃袋は翌朝までにキッチリ消化を完了してきたのだ。

もともと、我々夫婦は食べっぷりには自信がある。飲食店では「よく食べよく飲む客」として1発で顔を覚えられるし、海外でも食べきれなかったことはほとんどない。欲張って注文し過ぎたサンクトペテルブルクの”Ukha”ですら、翌朝はすっきり空腹で目が覚めたのだ。

リヨン恐るべし。半日過ごしただけでこれでは、先が思いやられる。

それでも、食べ続けなければならない。とりあえずホテルに朝食をつけてしまったので食べないわけにはいかない。

 

可愛らしい内装の朝食会場に入ると、空腹にはならないものの、「食うか」という気持ちになってくる。パンは数種類、チーズやハムも充実、ケーキサレ(日本でも一時期「フランスの塩味のケーキ」という捻りのないキャッチコピーで流行ったアレ)があり、色とりどりのクッキー・ケーキに親指サイズのカヌレ(大好物!)、複数種のフルーツヨーグルト、どれも美味しいのだが、野菜不足が気になるラインナップである。各テーブルにはイズニーの発酵バターが気前よく置いてある。一人分30gくらい。普段はこの1/3くらいで満足しているのだが、ついテンションが上がって全部使い切ってしまった。さらにその勢いでデザートまで食べてしまった。チョコレートケーキはゴリっと甘く、いくら甘党でも毎回全力で甘くされるとちょっと疲れてくる。控え目にしたつもりだったが、やや腹が重い。自分の学習能力のなさに呆れつつ、インスタントっぽい薄いコーヒーを流し込んだ。美味しそうなものを目にすると理性が飛ぶのだ。

 

しかし、腹が重い。とにかく街を歩き回って腹を空かせる作戦に打って出た。

 

まずは旧市街、サン・ジャン広場にあるサン・ジャン大聖堂に向かった。洗礼者ヨハネに捧げられたカトリック司教座聖堂である(とWikipediaに書いてあった)。12世紀に起工し、300年かかって完工したとのことで、縁取りの細工が凝っていて素人目にも美しい。リテラシーがなさすぎて「気が遠くなるほど手間がかかってるな」程度の月並みな感想しか持てないのが残念である。

 

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サン・ジャン大聖堂外観。iPhoneで撮るのは難しげ。

 

重い扉を開けて中に入ると、まず目につくのが礼拝堂のステンドグラスである。聖人を描いているらしいが、リテラシーがなさすぎて(以下略)。身廊の高さは80m、上に向かって伸びる細工のせいか外観より高く見え、縦長の空間に足音や囁き声やその他いろいろな雑音が反響してそれがかえって神聖に感じられる。椅子に座って眺めていると、重い胃袋のことも忘れて心が穏やかになってくる。

 

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よくわからないけど、何かご利益ありそうな感じ(違)

 

ぼーっと自分の世界に入り込んでいると、セロリのような匂いの煙が出る香炉を振り回しながら、司祭(多分)が入ってきた。いつのまにか日曜礼拝が始まっていたのだ。出るに出られず、かと言って何をすれば良いかもわからず、浮かないように周りに合わせて立ったり座ったり、今思えばこれが身に染みついた日本人の習性というやつであろう。教会歌手の先導で賛美歌を歌うたいまくるのだが、メロディもわからなければ、当然歌詞も全くわからない。司祭(多分)がやたらに歌うまい。すぐ終わるだろうとタカをくくっているうちに、黒いコートを着た街の名士的な紳士が延々とスピーチを始めたため、さすがに退散した。スピーチの途中で退席するのは失礼な気もしたが、まあきっと隣人愛的な感じで許してくれるに違いない。

 

 

サン・ジャン大聖堂を出た我々が向かったのは、フニクレール(ケーブルカー)の駅である。これでフルヴィエールの丘を一気に登り、リヨンのシンボル的建造物、ノートルダム大聖堂に向かう。片道乗車券1.9ユーロ。

 

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京急電鉄を斜めにしたような見た目。ダァシェリイェス。

 

ノートルダム大聖堂、別名フルヴィエール大聖堂はこの手のものにしては比較的新しく、20世紀直前の1896年に完成した。先に見たサン・ジャン大聖堂よりも外装、内装共に圧倒的に細工が細かく豪華だが、工期はたったの24年である。サン・ジャン大聖堂の実に1/10以下。技術の進歩は凄まじいものだ。

こちらでもミサを行っていたためか、内部は写真撮影禁止だった。そして、そのまま外観も撮り忘れた。痛恨のミス。まあ写真なんていくらでもネットに落ちてるので気にしない。

 

余談だが、大聖堂の横にはプレハブのトイレがある。そこそこ清潔な水洗式で無料、しかもありがたいことに紙まで設置してあるのだが、なんと便座がない。紙は御座すのだが便座がない。海外にありがちな過酷なトイレの洗礼を受け、仕方なく中腰で頑張った。

 

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ノートルダム大聖堂からの景色。

 

さて、フルヴィエールの丘には、他にも古代ローマ劇場も見どころらしいのだが、小腹が減ってきた(気がした)のでスキップした。ランチタイムだ。

店は心に決めてある。徒歩で丘を下ってソーヌ川を渡り、テロー広場を横切り、おハイソな石畳のプレジダンエドワール・エリオ通りを南に下り、ちょちょっと奥に入れば到着だ。

 

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丘を下ったところにあったバンクシー風の落書き。

 

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テロー広場。目の前の重厚な建物は市役所らしい。


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テロー広場の噴水。馬の鼻から湯気を出すセンスは理解できない。

 

そのお目当ての店は、ムール・フリットが有名なla cabaneである。とはいえ、私はあまり貝類が得意でない(何かに入っていれば我慢して食べるが、喜んでは食べない)ので、Burger cabaneというハンバーガーを注文した。タルタルもやってる店だけあって肉の質が良く、レア目に焼いたパティが美味しい。小腹が減っていたつもりだったが、途中で胃が重くなり、ビールで流し込んで完食した。食べられるのなら、極力食べ物は残さない主義。

ちなみに、貝好きの夫は当然ムール・フリットをシードル味で注文していたが、普通に美味しかったとのこと。ビールをパイントでつけて2人で39ユーロ。

 

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ムールフリット。鍋にギッシリムール貝。ビールグラスとの対比で量の多さを推し量っていただきたい。


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ハンバーガー。なんでリヨンに来てまでこんなもん食ってるんだ、という気がしないでもないが。

 

 

腹ごなしにジャコバン広場をウロついてみたりしつつ(全然大した運動量ではない)、食休みのため一旦ホテルに戻った。(親が死んでも食休み)

 

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ジャコバン広場の噴水。こんなものが街に普通にあるなんて羨ましい。

 

ホテルで休んでいると、いよいよ胃がオカシくなり、吐き気まで催してきた。こんなこともあろうかと、持ってきていた某漢方胃腸薬を飲んでみるも全く効果なし。しばらく右を下にして横になってみたものの、幽門は東名高速道路における大和トンネルの如き大渋滞である。バターやら肉やらで胃腸が疲れているのだろうか。否、そんなもの今までいくら食べても平気だった。加齢か。加齢が原因なのか。

ともかく2日目にしてこの調子では先が思いやられる。

 

私がベッドでゴロゴロ苦しんでいる間、夫は暇つぶしに散歩に出かけ、そのうち重要なことを思い出した、と言って戻ってきた。昔、ヨーロッパに留学していた夫の知人がこんなことを言っていたのだそうだ。

「ヨーロッパで胃もたれした時って、日本の胃腸薬は全然役に立たないんだよね。現地で普通に売ってる、なんか水で溶かして飲む錠剤みたいやつが効くんだけど、何が違うんだろうね。」

 

それだ!と顔を見合わせた。これからのリヨン食い倒れ旅行を楽しめるかどうかは、その「水で溶かして飲む錠剤みたいやつ」を入手できるかどうかにかかっている。

思い立ったが吉日、早速ホテルを出て薬局に向かった。前日、モノプリを冷やかした際、斜向かいに大きめの薬局があるのを見ていた。薬の名前は知らないが、それほど特殊な薬ではないようだし行けば何とかなるだろう。

 

ホテルから10分ちょっと歩いて薬局に着いてみると、無慈悲にも閉店していた。入口に張り紙があったのでGoogle翻訳にかけてみた。「19時以降は深夜窓口で販売」というような内容が書いてあるようだが、この時まだ18時過ぎである。念のため深夜窓口にも回ってみたが、灯は付いているものの人がいるわけでもなく、開いているのか閉まっているのか判然としない。

しばらく様子を見ようかとも思ったが、なんとなく長居する気になれず諦めた。そこまで治安の悪い雰囲気でもなかったが、店のすぐ目の前ちは地下鉄駅があり、色々な人が屯していた。長時間突っ立っていれば、それだけ変な人に絡まれる可能性も高くなる。そもそも、もし開いていたとしてもフランス語は話せないし、英語が通じたとしても私の英語力では「胃が重い」くらいは言えてもそれ以上の混み合ったニュアンスは表現できない。要は難易度が高すぎるのだ。

 

仕方ないので、夕食は軽いものを取ることにした。せっかくリヨンまで来ているのだから食事を抜くなど言語道断。多少胃の調子が悪いくらいなら頑張って食べようというものである。

そんなわけで、この日の夜はベトナム料理を食べることにした。とりあえず胃を軽くする目論見もあり、新市街にある店まで歩いて行くことにした。

ローヌ川を渡り、新市街を歩く。観光客の多い旧市街と違って、あまり人は歩いていない。車が接触したらしく路上で口論する人々を見かけたが、街並みは整然としており、それほど危険な感じはしなかった。歩いているうちに少しだけ胃も軽くなってきた(気がした)。

そうして店まであと少しのところまで来て角を曲がると、突然状況が一変した。移民らしき人々が大勢、騒ぐでもなく屯っており、泥棒市なのか何なのか地面に靴やらバッグやらが散らばっている。全員男性、背は高くないが油断ならない殺気があり、こちらを値踏みするような視線をひりひり感じる。明らかにヤバい雰囲気である。色々なサイトで「ここには近づくな」と書かれていた地下鉄Guillotière駅周辺に誤って入り込んでしまったのだ。

周りを刺激しないよう、かといって怯えを悟られないよう、バッグを固く握りしめ早足で通り過ぎた。次の角を曲がると、再び静かな街並みが広がっていた。時間にして30秒もなかったと思うが、もっとずっと長く感じた。

それまで、街の治安は徐々に変わるものだと思っていた。治安の良い地域から悪い地域の間はグラデーションになっていて、治安が悪くなる予兆が見えた時点で道を変えれば良いのだと。

しかし、あそこには全く何の予兆もなかった。駅の本当の直近だけが異空間のように治安が悪かった。何もなくてラッキーだった。夜に観光地域外を歩く時、何気なくフラフラせず、ルート取りに細心の注意が必要であると認識を改めなければならない。

 

嫌な汗が引かないまま、店に着いた。心底ほっとした。

店の名前はL'Etoile d'Asie、口コミ評価も高い落ち着いた雰囲気のベトナム料理店である。

 

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あんまりベトナム料理っぽくない感じ。

 

一息ついて22ユーロのコースを注文した。前菜にエビと鶏肉のサラダ、メインにブンチャー、デザートは私がチェー(ココナッツ風味のぜんざいのようなもの)、夫がローマイチー(ココナッツ風味の大福的なもの)。

疲れた胃に優しいほっとする味だが、ベトナムや日本で食べるものより若干こってりしているのは、フランス人の好みに合わせているのだろうか。胃の調子も悪いので、グラスワイン(コート・デュ・ローヌ)を頼んで2人で51ユーロ。ワインが予想外に美味しくて、腹が云々寝ぼけたことを言わずにpotで頼めば良かった。


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清肝涼茶。久しぶりのアジアのお茶にホッとする。


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エビと鶏肉のサラダ。酸味がすっきりさっぱり。心に染みる美味さ。


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牛肉のブンチャー(米の麺を使った混ぜ麺)、トッピングの揚げ春巻がボリューム満点で、ややジャンク。


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チェー。優しい甘さが堪らない。デザートの甘さって、こんなもんで十分だよな、としみじみ思った。


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ローマイチー。美味しかったらしい。

 

 

程よい満腹感で食事を終え、良い気分でローヌ川沿いを歩いてホテルに戻った。ローヌ川沿いは、夜でもランニングしている人がいる程度には安全なルートである。

 

ベルクール広場まで戻ってくると、ホームレスのグループが寝床の準備をしていた。リヨンで見かけたホームレスは、大抵数人グループで、大きめの犬を連れていた。恐らく自衛のためなのだろう。

 

ホテルに戻ってシャワーを浴び、キャラメルを舐めながら絵葉書を書いた。このキャラメル、ベッドメイキング時にハウスキーパーが置いて行ってくれるものなのだが、本気でめちゃくちゃ美味い。良質なバターの味がした。この手のものがフランスは本当に質が高い。


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絵葉書。ホテルに備え付けのものだが、悪くない。

 

色々あった1日だったが、なんとなく落ち着いた気分で眠りについた。

 

続く。

 

おまけ。

私はいつも、旅先で車のメーカー比率が気になってしまう。小学校の頃、社会の授業が好きだったのだが、その延長線上なのだと思う。(その割に常識がないのはご愛嬌ということで)

さすがに世界的な自動車メーカーを輩出したフランスだけあって、リヨンではルノープジョーシトロエンがほとんどを占め、ドイツ車は1/3くらいしかなかった。日本車はさらに少なく、5%くらいだろうか。トヨタが案外少なく、日産が多いあたりはルノーの絡みだろう(そういえば、ちょうどこの時期にカルロス・ゴーン氏は楽器ケースに隠れてレバノンに密出国していたはずだ)。ホンダ、マツダはわずかに見たが、三菱車を全く見かけなかったのは偶然だろうか。

美食の都リヨン、その1

もはやコロナ以前ははるか昔のような気がするが、未完になっていた年末年始リヨン旅行の続きである。

たった数ヶ月で、世界は一変してしまった。

 

 

さて、リヨンに着いた我々は、Uberでホテルに向かった。地下鉄も便利なのだが、もう公共交通機関はお腹いっぱい。要は飛行機だの鉄道だの、乗り物に乗りすぎて疲れたのである。

ホテルはオテル・ル・ロワイヤル・リヨン、アコーホテルズのホテルブランド、「Mギャラリー」の一つである。ベルクール広場の目の前、最高の立地だ。

 

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オテル・ル・ロワイヤル・リヨン。かわいい外観。

 

一応5ツ星なのだが、フロント・スタッフはザックリした感じなのが気楽で良い。着いたのは13時過ぎ、15時くらいまで部屋に入れないとのことなので、荷物を預けて観光することにした。コンシェルジュ(?)はタランティーノを太らせ、盥でざぶざぶ水洗いして神経質さを洗い流した感じの中年男性で、そのまま天日干ししてアイロンをかけ忘れたような、良く言えばカジュアルな雰囲気である。リヨンのタラちゃんは、ニコニコしながら無料の観光マップを広げ、ボールペンでゴリゴリ書き込みながら観光案内をしてくれた。事前に調べてきた以上の情報はなかったが、そもそもこういうものは現地人に聞くことに意義がある。現場人に聞いても同じ内容ならば、日本で調べてきた情報の信頼性も増すというものだ。(まあリヨンくらいにもなれば日本でもかなり情報は手に入るのだが)

筆圧でボコボコになったマップをバッグの奥に仕舞い込んだら、さあ出発だ。

 

先にも書いた通り、ホテルのすぐ目の前がベルクール広場である。赤い砂が敷き詰められた、だだっ広い公園で、中には観覧車があった。
この観覧車、なんとゴンドラがオープンエアである。回るスピードもやけに速い。希望すれば係員が回してくれるのか、地面に鉛直方向を軸としてグルングルンに自転しているゴンドラもあり、もうめちゃくちゃである。正直外れるんじゃないかと心配になった。大人1人9ユーロ。気にはなったが、こんなにテキトーな観覧車に1,000円超は高い。

 

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オープンエアー。寒くないのか。

 

テクテク歩いてソーヌ川を渡り、タラちゃんが「美味しいお店がたくさんある」と言っていた旧市街を目指した。腹が減っては戦もできなければ観光もままならない。

それにしても、ヨーロッパは縦列駐車がクソうまい。前後の隙間が15センチくらい、横もホイールと縁石の間1センチくらいまで寄せている。それでいて、ホイールにもバンパーにも傷がないのである。どうやって停めたのか、またどうやってここから抜けるのか、さっぱり予想がつかない。キウイが1台停めるスペースに3、4台は停めそうである。

 

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ハトちゃんも、みっちみちに縦列駐車中。冬の鳥はふかふかしてかわいい。


さて、昼食である。リヨンに来たからには、郷土料理を食べさせる大衆食堂、Bouchon(ブション)をハシゴしなければならないだろう。

※ブションについてはこちらに詳しい。

 

ここはやはり、リヨン・ブショネ協会の認定の印、Boy hind Lyonnaisマークのある店に行きたいところだが、これが案外少ない。

旧市街を歩き回ってみたが、いまいちビビッと来る店がない。店構えから露骨に「それっぽさ」が漂っているのが却って鼻につく。「我々は気難しいのだ。)

そのうち飽きてきたので、仕方なく見た感じ盛況そうな認定マーク付きのレストラン、La Laurencinに入った。

 

ガラスの扉を開けて中に入ると、むっとするアンモニア臭が鼻をついた。臭い豚骨ラーメン店のような、死んだ生き物特有の臭い。好きな人には堪らないのかもしれないが、そうでない人には別の意味で堪らない匂いである。

とはいえ、今さら出るのも無粋というもの。我々は15ユーロのスリーコースと、potの白ワイン(11ユーロ)と水道水を注文した。potとは「ポ」と発音し、容量0.46リットル、リヨン特有の単位で上げ底のガラス瓶に入っている。

ネットの海の賢者によると、19世紀、リヨン絹製造の労働者たちは仕事の後にブションで食事をするのを常としており、毎週17オンス(約0.5リットル)のワインが雇用主から与えられていた。しかし、労働者にとって悲しいことに、1843年にpotの1単位が16オンス(約0.46リットル)に減らされてしまった。減らされた1.3オンス分が特徴的な上げ底の瓶の由来である。

 

閑話休題

このブションで、夫はオニオングラタンスープ、トリッパ煮込み、そしてデザートにタルト・タタン、私はウフ・アン・ムーレット、牛肉のブルゴーニュ風煮込み、そしてリヨン名物真っ赤なプラリネタルトを注文した。ウフ・アン・ムーレットとはポーチドエッグの赤ワインソースのことで、牛肉のブルゴーニュ風煮込みはつまり牛肉の赤ワイン煮込みのことである。重複して赤ワイン味の料理を注文したのは、他のメニューは全てケモノ臭そうな予感がしたためである。また、プラリネタルトは正確にはTarte a la pralineと綴るのだが、読み方は「タルト・ア・ラ・プラリネ」ではなく「タルト・アラ・プラリィンヌ」である(そう言わないと伝わらなかった)。

 

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オニオングラタンスープ。チーズが多い。


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ウフ・アン・ムーレット、味が濃い。


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臭いトリッパ煮込み。臭い。


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ブルゴーニュ風煮込み。脂っこいが普通に食える。添え物の芋グラタンが美味。


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タルト・タタンと山盛りバニラアイス


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プラリネタルトと山盛りバニラアイスに激甘ストロベリーソースを添えて。旨い不味い以前に頭が痛くなるほど甘い。

 

「ブションは恐ろしく量が多い」と聞いてはいたが、実際アホのように多かった。胃袋の容量が我々アジア人とは桁違いに多い白人様ですら付け合わせの芋をまるまる残していたレベルである。ウブな我々は「食べ物を残すなどケシカラン」と付け合わせからデザートまで完食し、結果きっちり胸焼けした。ちなみにデザートのプラリネ・タルトはハードコアというか頭がグラグラと痛くなるほどの強烈な甘さである。私も相当な甘党だが、それでもなかなかツラかった。上品な甘さに慣れた日本の皆様には全くオススメできない。

混雑の割に普通の味だが、値段を考えると妥当な線かもしれない。優良可で言えば可、鼻を摘んでいれば至って普通である。ただし、ブルゴーニュ風煮込みに添えてあった芋グラタンは、しっかり熟成させた芋が甘くて美味しかった。夫が食べたトリッパは予想通り、ワインと一緒に食べないと辛いレベルの臭さだったらしい(私は味見をする気にもなれなかった)。だから言わんこっちゃない。お前はこのアンモニア臭の充満するレストランで呼吸してたのか?と舌先まで出かかったが飲み込んだ。きっと鰓呼吸でもしていたんだろう。

まあ、リヨンの風俗を知るには良かった。リヨンの数多いレストランの中で、自分好みの店だけをハシゴしていては本当にリヨンに行ったとは言えないのだ。

 

さて、それほど肉が好きではない私は、この昼食ですっかりリヨンの肉料理に偏見を持った。量がアホほど多く、ケモノ臭く、しかも油脂が重い。

「肉は食うまい。クネル(リヨン風のハンペンのような代物)のみを食おう。」と、密かに誓った。


重い腹を抱え、フラフラ散歩をしてホテルに戻った。

 

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ショーケースにぎっしり並んだ真っ赤なプラリネ。甘そう。

 

 

フロントで荷物を取り、エレベーターに乗り込んだ。ふと耐荷重を見ると1,050キロ、定員14名。1人75キロの計算である。日本よりも10キロ重く(日本は1人65キロ)、西洋人との体格の差を思い知る。

部屋に入ると、とりあえずベッドに倒れ込んだ。清潔なシーツの上でゴロゴロする。実に38時間ぶりのローリングであった。

 

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ホテルの部屋。インテリアが可愛くて盛り上がる。

 

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しかしバスルームはシャワーを浴びたらトイレまでビシャ濡れになるタイプ。


しばらく仮眠を取り体力を回復させてから、フランスのスーパーマーケット、モノプリを冷やかしに出かけた。

1番の目的はフランスワインやシャンパン等の価格の下調べである。この手のものは日本で買うより圧倒的に安いので、是非買って帰らないと帰国後、後悔で酒浸りになるであろう。第2の目的は腹ごなしである。まだ腹が重いので、夕食までに歩き回ってエネルギーを消費せねばならぬ。

モノプリでフランス酒その他ケシカラン缶詰やオヤツがないか探していると、調味料コーナーにブイヨンジャポネーゼなる箱を見つけた。表に昆布、椎茸、カツオ節の絵が描いてある。グルタミン酸グアニル酸イノシン酸のトリプルアタック。万能出汁のようだが、なんとなくクドそうな気もする。リヨンのご家庭でどのように使われているのか気になる。


モノプリを出てさらに散歩して時間を潰し、まだ腹は空いていないながら、日本で予約してきたブション、Bouchon Tupinに入った。トリップアドバイザー1位の店である。我々は、21.5ユーロのスリーコースをシルヴプレした。ロゼをポで注文し、夫がパテ・アンクルート(パテのパイ包み)、子牛の煮込み、私がセロリ・カプチーノという謎料理、そして誓いを守ってクネル・リヨネーズ、そしてデザートは2人ともライスプディングである。日本では不人気の甘い粥ことライスプディングだが、実は私の好物である。

 

料理を待っていると、レストランにモップのような可愛い犬を連れたカップルが入って来た。案内されたのはなんと我々の隣の席である。ワン公眺め放題である。やった!かわいい!

と、ギャルソンが恭しくワン公にステンレス容器を差し出した。中には水が入っている。お犬様はトテトテと近づき、ちろちろと少しだけ水を飲んだ後、テーブルの下の見えないところに隠れて2度と出てこなかった。もっと見たかった。

 

犬はさておき料理である。味付けに気が利いていて、一品一品特徴があって楽しい。何事もメリハリは大事なのだ。

とりわけ白眉であったのはパテ・アンクルート。みずみずしく、肉の臭みが全くなく、それでいて肉の旨味がギュッと凝縮され、これぞパテの理想形。これまでに食べたパテはなんだったのか。

そしてセロリカプチーノという謎料理。平たく言えばセロリ臭い泡泡のスープなのだが、クリーミーで洒落た味がした。あまり他で食べたことのない味で未知との遭遇感があったが、私はかなり好きな味である。

好物のはずのライスプディングは残念ながら微妙だった。ガツンと甘く、不必要なキャラメルソースがモリモリかかっていた。別に美味しいは美味しいのだが、コレジャナイ感がすごい。

 

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セロリカプチーノ、セロリ風味のふわふわの泡。

 

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パテ。これが本場の実力というやつか。


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クネル。洒落乙ハンペン。やや所帯臭い味で旨い。


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ドナドナされた子牛の煮込み。(そういえば味見にしてない。)


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ライスプディング。本当はちょっと曖昧なくらいが美味しいと思うの。

 

ワインは、ヌーヴォーじゃないボジョレーことガメイのpotなど。あの美味しさで酒飲んで2人で90.10ユーロはコスパ最高なんじゃないか。さすがトリップアドバイザー1位は伊達じゃない。

惜しむらくは、昼食が重かったせいで食事前に既に腹が重かったことである。空腹だったなら、きっともっと美味しく食べられたはずだ。

なぜ我々は限界まで食べてしまうのだろう。

 

この夜、オテルに戻った我々は、満杯の腹に引き摺られるようにしてベッドに倒れ込んだ。

 

続く。

 

 

 

 

 

江田島、呉(広島旅行3日目)

だいぶ間があいてしまったが、広島編の続き。

 


3日目はフェリーに乗って江田島海上自衛隊 第一術科学校、次いで呉の大和ミュージアム海上自衛隊呉史料館(通称「てつのくじら館」)というネイビー色の濃いルートである。

泊まったホテルにはフェリー乗り場が隣接しており、さらにフロント横の観光案内所で広島ー江田島ー呉のフェリーチケット「くれ・やまと連絡切符」が購入可能で、至れり尽くせりとはまさにこのことだ。

 

宮島行きのフェリー乗り場には長蛇の列ができていたが、江田島行きは我々のみであった。出発5分前でもフェリーが到着せず、不安になっているとフェリーが猛スピードで滑り込んできた。フェリーとは言っても、ちょっとした漁船のような大きさである。一瞬にして舫われ、渡し板がかけられる。イソイソ乗り込み、席につこうとした瞬間、ブルン!とエンジンをふかして出港した。10分はかかるだろう、という我々の予想を見事に裏切る定時出発、恐るべき早技であった。いやはや、慣れていらっしゃる。

 

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船窓より。海に天使の梯子がかかっている。

 

 

第一術科学校
江田島の小用港から術科学校までは市営バス「術科学校前」で下車する。(ちなみにこのバス停から結構歩かされる。全くもって術科学校前ではないのだが、そんな甘ったれたことは言ってはいけない雰囲気である。)

学校正門で受付を済ませ、控室まで歩くのだが、身分証の提出もなければ見張りがいるわけでもなく、意外な気安さである。まあ言うて学校だから狙う人もいないのか、悪者が入り込んだところで屈強な男達が抑え込めるという自信の現れなのか、案外カジュアルな感じが若干期待外れである。

控室は「江田島クラブ」という建物のロビーで、マニア垂涎の限定海自グッズや制服などが高校の購買部のような雰囲気で売られている。ロビー中央のTVでは海自の紹介ビデオが流れており、それが大変に面白かったので後で海自のサイトやYouTubeでも探したのだが、どうにも見つからなかった。海自きっての屈強な男たちがロープと空気ボンベを担いで梯子を駆け上り(驚くことに、手を使わず足だけで梯子を登っていた)、救難機US-2に乗り込んだりする動画だ。動ける筋肉は目の保養である。

 

しばらく控室で待っていると、60歳過ぎたくらいの元気な男性ガイドが登場し、いよいよツアー開始である。案内を聞きながら、石造の大講堂や、イギリス製のレンガを使った幹部候補生学校を見て回る。ガイドは屋外でもよく通る声の持ち主で、話もうまく、それなりに長時間にも関わらず全く飽きなかった。姿勢が良く、力強い身のこなしから、退官した自衛官ではないかと思う。

 

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大講堂。総工費当時40万円。現代の価値に直すと10億円以上だろうか。


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海軍兵学校、現幹部候補生学校。横幅144メートル、当時の軍艦と同じ大きさとのこと。


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幹部候補生学校の目の前には、海の波を模した砂利が。

 

最後は教育参考館へ。大日本帝国海軍の貴重な資料が多数展示されており、英霊に敬意を表して脱帽必須、写真撮影およびポケモンGoは禁止である。教科書やWikipediaで見たことのある資料がモリモリ、見たことがない資料もモリモリ(勝海舟坂本龍馬が一緒に写ってる写真とか)、何時間もかけてじっくり見たいところだが、45分しか時間がない。「もっと見たければまた来てくださいね!」とのこと。個人的には、太平洋戦争関連の展示方針が平和記念館と真逆であるのが興味深かった。あと階級に対して秋山真之の扱いが大きい。

ちなみに、有名な軍歌「同期の桜」に歌われた桜も敷地内にあるらしいのだが、残念ながら工事中で見られなかった。

 

見学後、小用港までテクテク歩き、フェリーで今度は呉に向かった。

 

田舎洋食いせ屋

呉に着いたらまず腹ごしらえ。腹が減っては戦もできないし、戦関連の博物館も楽しめない。

我々のお目当ては呉の老舗洋食屋いせ屋」。創業者が軍艦のコック長だったとか。呉っぽいではないか。

味は悪くないのだが、塩味がキツいのは好みが分かれるであろう。おやじさんはお年を召されており、年と共に味付けが塩辛くなっていった祖母を思い出した。


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肉じゃが


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ハヤシライス。

 

 

大和ミュージアム

腹も膨れたところで、大和ミュージアムへ。

戦艦大和の1/10復元モデルがあったり、零戦があったり、ミリオタの皆さんが涎垂らして喜びそうな博物館である。ほー、と思いつつ、若干この類はお腹いっぱいだったので、サラサラと通り抜けた。

 

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戦艦大和の復元モデル。


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零戦。塗料が分厚いのが本物臭い。いや本物なんだけど。

 

 

てつのくじら館

既に海自関連に飽きていたのだが、大和ミュージアムの向かいにあり、入場も無料なので、ついでに入館してみた。そんなノリなので、つまらなくても何の文句もなかったのだが、これが予想外に面白かった。

「くじら」という名を冠するだけあって、展示は潜水艦と掃海に特化している(知らんけど)。世界屈指の技術を誇る海自の掃海は、戦後、日本近海に残存した日本海軍および連合軍の機雷を処分する中で培われたらしい。様々な資源を外国からの海上輸送に頼っている我が国では、今後も掃海部隊の重要性はますます高まっていくのである(知ったかぶり)。

 

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掃海に使用する可愛いフロート。こんなに可愛くする必要あるのか?

 

 

 

さて、広島市街、江田島、呉とたっぷり満喫した広島旅行も終わりの時間である。高速バスで広島空港に向かった。途中渋滞していたこともあり、1時間以上かかってしまった。

広島空港のカードラウンジは、日本酒の無料試飲があったり、もみじまんじゅうが貰えたり、素敵であるが、次に広島に行く時は絶対新幹線にしようと誓った。

広島空港、立地悪すぎである。

広島

リヨン旅行記の途中だが、この前行った広島がとても良かったので、その模様をお送りする。

 

今年の2月11日、建国記念の日は火曜日であり、月曜に休みを取れば4連休である。年が明ける前から、これは是非とも休みを取ってどこかに行きたいと計画を練っていた。年末にフランスに行ったばかりなのでなんとなく中国や台湾といった近場の海外か、国内旅行が良いような気はしたが、今ひとつ決め手に欠ける。
どこかに行きたい、といえばJALの「どこでもマイル」である。通常の半分のマイルで、自動で選ばれる4つの候補地のうち「どこかに」行けるという、行き先を決めきれない我々にピッタリのシステムである。JALのページを見てみると、徳島、高松、鹿児島、広島のどこかであった。徳島にある日本三大秘湯のひとつ「祖谷温泉」に行ってみたかったし、うどん県でうどん食べ歩きも素敵だし、指宿で埋まってみたいし、ああ広島ね、路面電車のある街は好きだし、最近お気に入りの富久長は広島だし、個人的には車はマツダ、野球は広島、お好み焼きは圧倒的に広島の方が好きだわ私。ということで、どこになっても楽しそうなので申し込んでみたところ、まんまと広島行きが決まったのである。広島は過去にもう2回くらい行ってるし、正直気分は鹿児島だったのだが、『この世界の片隅に』は名作だし、『ズッコケ3人組』で育ったし、定期的に平和資料館に行って平和への願いを新たにしなくてはならないし、広島になるべくしてなった気がしてくる。
それにしても、本当にあと少し何かが違っていれば、中国旅行にするところであった。新型コロナウイルスで亡くなられた方々のご冥福を祈ると共に、早く事態が収拾することを心から願う。
 


 

1日目、広島に飛ぶ。
さて、前置きが長くなった。広島旅行である。
ゆるゆると家を出て、13時20分羽田発のJA 261便に乗り込んだ。1時間ちょっとのフライトでやや不便な場所にある広島空港に着陸した。と、思ったら、あっという間に駐機場に着き、これまたあっという間にドアが開いた。地方空港は羽田ほど混雑していないとはいえ、他の空港では流石にもう少し時間がかかる気がするが、どうだろうか。
 
 平和通行きの高速バスに乗り、予約しておいたオリエンタルホテルの前で下車。荷物を置いて散歩がてら夕食に出かけた。
 

 

夕食(野趣 拓)

向かったのはネットの住人からも高評価の野趣 拓である。

広電の土橋駅から歩いてすぐ、上品な店構えが見えてくる。引き戸を開けると、感じの良い店員さんがカウンターに通してくれた。店主も若くて気さくな感じで居心地が良い。

出てくる料理は全て繊細でセンスに溢れていた。8,000円のコースを注文したのだが、都内では絶対にこの値段では食べられない。きっと一品一品、すごい考え抜かれているんじゃないかな。

 

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かけつけいっぱい、「山眠る」を常温で。華やかでフルーティ。我々女子供の好きな酒。

一緒に出してくれる水のグラスが薄張りなのがまた良し。


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タコと菜の花のからしあえ。上の植物はノカンゾウ。タコが新鮮。


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吸い流し。日置桜の熟成粕がこっくりとしていて、自家製ベーコンがちょっと洋風で、塩味が上品。具はゴボウと金時人参。ゴボウが太くて芋っぽい食感。上に載っているのはケールをパリパリに焼いたもので、美味い、もう一杯!という感じ。


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日置桜の訳あり全米酒。渋い味。


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ワカメの佃煮。お刺身をつけて食べて、と出されたが、これだけでも良い肴になった。


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お造り、天然鯛と〆さば。上のワカメの佃煮と鯛がとても良く合い、マリアージュってこういうことよね、と。〆さばは表面をゆるく〆ており、生っぽい。好みである。


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地御前の牡蠣フライ。ネギポン酢と一緒にいただく。実は私、牡蠣は苦手である。生臭くてドロッとしてて、死んだ気持ち悪い生き物の味がするのだ。

が、ペロリと平らげてしまった。ぴんっと新鮮で、生臭みもなく、プリプリとして美味しい生き物の味がした。これが地御前の牡蠣・・・!

ちなみに、添えてある白菜も山椒が効いて美味。

 

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神雷の何だったかな・・・この辺りで酔っぱらい始めた。


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コノワタ南禅寺蒸し。店で作った汲み上げ湯葉がアッツアツのトロトロ。湯葉コノワタの生臭みがうまく丸められていた。


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そろそろ広島の酒が飲みたいということで、竹鶴の純米酒、おにぎりの辛口純米。竹鶴はウイスキーのようなボリュームのある麹臭い酒で好きな人には本当にたまらない味である(私は大好き)。おにぎりも料理に合う感じではあるが、正直竹鶴のインパクトの前ではやや霞む。


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安芸高田市の山で取れたイノシシ、味は塩麹。実はイノシシもあまり好きでなく、豚をさらに獣臭くした感じがオエーとなるのだが、このイノシシは全く臭くなかった。塩麹が良い働きをしたのかもしれないが、柔らかくて良い肉質であった。


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昆布の佃煮と大根。昆布にこれまた山椒が効いていておいしい。


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穴子、ゴボウと金時人参のごはん。ゆずの香りが楽しい。上の昆布の佃煮と合うこと合うこと。山椒と柚子って相性良いんだな。

写真はないが、味噌汁は揚げとフノリ。フノリはフワフワした食感で、今まで食べていたフノリとは全然違う。店主曰く、東日本とは種類が違うのかも?とのこと。


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豆乳と白味噌の無名のデザート。「プリンでもないし、ババロワ?え?ババロワて!」みたいな感じで名前がないまま3年くらい出しているらしい。甘酒っぽいような、ちょっとミルキーな感じもあるような、説明が難しいのだがメチャクチャ美味い。美味い美味い騒いでいたら、店主がレシピを教えてくれた。作り方から考えてもババロワではないか。

一緒に出されたお茶が、ハーブティーのようなほっとする味で、聞けばハブ草茶とのこと。ハトムギ、玄米、月見草〜♪どくだみ、ハブ茶、プーアール♪のハブ茶である。

 

すっかり酔っぱらい、良い気持ちで店を出た。広島に行く時は、また必ず寄りたい店である。

 

 

夜食(八紘)

さて、心はすっかり満たされたのだが、腹には余裕がある。せっかく広島に来ているのだから、シメにお好み焼きを食べるべきであろう。

広電駅からホテルの帰りにある「八紘」で豚肉、イカ天、卵のお好み焼きを注文した。

 

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茹でた麺を鉄板に広げてカリッカリに水分を飛ばすのが特徴的。麺のモチモチ感が全くなくなるので、飲んだ後のシメに最高である。ソースも少なめでちょうど良い塩梅。この後ケーキくらいなら食べられそうな軽さである。

 

 

デザート(recolter)

お好み焼きも食べてホテルに帰る途中、深夜にも関わらず営業しているケーキ屋を発見した。いそいそとティラミスを購入し、ホテルに持ち帰った。

 

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ちなみに味はすごい普通。

 

 

2日目、原爆ドームで平和について考える。

前日にけっこう日本酒を飲んだので、チェックアウト時間ギリギリまでダラダラした。

 

ランチの店に向かう道すがら、食器屋に寄り道して鳥獣戯画の徳利とお猪口をゲット。広島で買う必然性のないものだが、一目惚れしてしまったのだ。

 

ランチ(アテスエ)

予約で満席、隠れ家的な人気店である。

シェフ1人サービス時々アシスタント1人の2人体制で16席の店内を悠々と回しており、放っておくだけの料理が多いのだが、野菜の使い方が洒落ていてとても華やか。極限まで省力化・最適化された仕事ぶりが見ていて楽しい。

 

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右下から時計周りにフォアグラのフラン、ホタルイカのオムレツ、ワカサギのフリット


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カリフラワーのポタージュ。上にかかっているデュカというエジプトのスパイスがアクセントになっている。ずっとコンロ上に放置されていただけあって熱々。ややインドの香り。どんぶりいっぱい食べたい。


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岩国のブランド鰆、菜の花と雑穀のリゾット。ブランドというだけあって鰆が美味しい。リゾットは見ていて不安になるレベルで放置されていたにも関わらず火の通り具合が絶妙で、熟練の技が光る。


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前日のイノシシに続き、この日は安芸高田市の鹿。柔らかくて全く臭くない。こんなに美味しい鹿肉は食べたことがない。こちらもかなり放置されていたにも関わらず火の通り具合が絶妙(以下略)

醤油甘いソースが餅に合いそう。


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マスカルポーネのムースとデコポンのシャーベット。シャーベットにも刺さっているココナッツ味の謎煎餅が謎に美味い。ANZACクッキーのような感じ。


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紅茶。添えられたクマのクッキーが!アーモンドを抱えてる!か!わ!い!い!!

 

 

平和資料館と原爆ドーム

さて、広島に来たからには絶対に外せない。広島に来ておいてここに寄らないなど、非国民と罵られても文句は言えまい。

私は20年前に一度来たことがあったのだが、最近全面リニューアルされたらしく、印象が大きく違う。展示品自体には見覚えがあったが、より臨場感があり、淡々と事実を語るような展示方法に変わっていた。しかし、それがかえって心を抉られた。

さらに「被爆者」という一様なレッテルではなく、それぞれ1人1人のエピソードの紹介にかなりスペースを割いているのは以前と大きく違うところだろう。月並な表現だが、それまで私たちと同じように生きていた人たちが突然人生を奪われたという事実が押し迫って来てつらい。どうしたって自分や家族、友人に置き換えて考えてしまう。英語の解説もひとつひとつ丁寧に付けられており、読んで涙ぐむ外国の方も散見された。まともな感覚を持っていれば、ここに来ればどこの国の人であろうと同じ気持ちになるに違いない。

 

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原爆ドーム。改めて人類の貴重な遺産である。合掌。

 

 

酒商山田、山カフェ

さて、平和な時代に生きる我々は、その幸せを噛みしめながら呑気に酒を飲むのだ。

八丁堀にある百貨店、福屋の斜向かいにあるタダモノでなく良い感じの酒屋、それが酒商山田(八丁堀店)である。八丁堀店には試飲スペース「山カフェ」が併設されており、美味しいお酒をいただける。ひとつ500円で半合くらい、別に安くはないのだが、なぜ有料試飲というものはこんなにも心ときめくのだろう。それにしても、やはり広島のお酒は美味しい。

 

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一代弥山のm、賀茂金秀のSUITOH。

 

山カフェを出たその足で、翌日の朝食をゲットすべく「ワイルドマンベーグル」に向かうも、品切れのため閉店していた。さすが人気店。

 

 

夕食(かんらん車)

夜ごはんはお好み焼きである。有名店「かんらん車」で、焼いている途中でキャベツ部分のみを抜き出してひっくり返すことを特徴としている。読んでも何を言っているか全然わからないと思うが、店主のコテ捌きがすごすぎて、見ていてもよくわからない。店主の工夫の成果なのだろう、キャベツがぎゅっと甘かった。

この日、仕入れた食材よりも客が多く入ったらしく、我々が食べた時は本当に品切れギリギリであった。ベーグルは買えなかったが、ここの美味しいお好み焼きが食べられたのでヨシとする。

 

続く。

 

 

おまけ

かんらん車に向かう途中、どうしても我慢ができず、川沿いの公衆トイレをお借りした。お世辞にも綺麗とは言えない普通のトイレだったが、なんとこの公衆トイレ、被爆建物らしい。

正確には本川公衆便所といい、Wikipedia先生によれば、

現存する被爆建物の一つであり、便所としては唯一これだけが被爆建物リスト入りしている。

とのことである。

 

資料館で見た被爆直後の広島に、急にリアルな広がりが加わって頭に入る。この中で被爆した方もいたかもしれない。あの悲惨なことが再び起きないよう願ってやまない。

 

続く。

 

再びフランスへ。美食という名の胃袋酷使の旅。

と、大そうなタイトルで始まったのだが、「リヨンと言えばポール・ボキューズ」みたいな面々に最初に断っておくと、そんな上等な店には一件も行っていない。せいぜい庶民の贅沢レベルである。(ついでに、このエントリでは機内食とラウンジ飯しか出てこない。)

 

ストの嵐吹き荒れるフランスへ

さて、ゴールデンウィークの旅行で色んな意味でフランスにノックアウトされ、また行きたいような、もう2度と行きたくないような複雑な感情を持つに至った我々だが、その半年後、フランスへの旅立つに至ったのは今思えば思考停止としか言いようがない。

そもそもの発端は、たまたま夫が静岡発パリ行き(ただし上海経由)の安いチケットを発見したことに由来する。ハイシーズンにも関わらず1人往復7万円(税金、サーチャージ込)。恐ろしく安い。例え静岡に住んでいなくとも、我が家の家訓「安いは正義」で言えばコレは正義も正義、大正義巨人軍である。

よく考えると静岡空港発というのもなかなか便利そうである。静岡空港までは車が便利なようだが、首都圏からは高速を使えばそれほど遠くもない。駐車場は何日停めてもタダである。年末年始の混雑の中、羽田なり成田まで重い荷物を引き摺って行くよりは、家の前から車で出た方が楽なのではないか。

年末年始にとりあえず海外に行きたいだけの我々は、行きの手段だけでフランス行きを決めた。

そういえばパリはこの前行ったし、メインはリヨンにするか。深く考えず、サクサクと以下の旅程に決まった。

12月27日 飛行機(富士山静岡空港ー上海浦東空港、中国東方航空

12月27日 飛行機(上海浦東空港ーパリCDG、エールフランス

12月28日 高速鉄道(パリーリヨン、TGV

     ※リヨン4泊

1月1日  高速鉄道(リヨンーパリ、TGV

     ※パリ1泊

1月2-3日 飛行機(パリCDGー上海浦東空港、エールフランス

     ※上海1泊

1月4日  帰国     

 

これが旅行の約3ヵ月前である。

 

それなりに楽しみに待っていたところ、年末も差し迫った12月、マクロン大統領の年金制度改革に反対するストライキがフランス国鉄中心に始まった。ちなみに、我々がパリーリヨン間で乗車予定のTGVはフランス国鉄SNCF)の新幹線である。

出発日が近づいてもストの嵐は止む気配はなく、インド旅行直前の印パ関係悪化韓国旅行直前の日韓関係悪化に続き、3回連続でニュースの現場にコンニチワする旅となってしまった。不謹慎だが多少楽しみでもある。

 

 

富士山を背に日本を発つ

さて、そうして訪れた12月27日、旅行の幕は切って落とされたのである(大袈裟)。

この日は平日ということもあり、東名高速はガラガラで静岡空港まで富士山を眺めながらの快適なドライブを楽しんだ。何しろ休日ドライバーと「わ」ナンバーがいない。ペーパードライバーの謎の動きに混乱させられることもなく、車間の意思疎通がスムーズである。まあ、スタート地点にも立っていないこの段階では、これくらい順調に進んでくれなきゃ困る。

 

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目の前には雪の富士山。地吹雪がここからも見え、すげえ寒そう。

 

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いい天気。空港周辺は一本道でわかりやすい。

 

さて、静岡空港は正式には「富士山静岡空港」という。山梨県民がどう思っているのか気になるところだが、まあ良い。静岡名産品がたくさん売っていたり、カードラウンジでお茶が飲み放題だったり、空港というよりパーキングエリアのような雰囲気が漂う。


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カードラウンジのお茶。当然静岡茶かと思いきや、産地が書いていない。Webページにも「茶処静岡らしい豊富なお茶」としか書いてないので色々お察し。


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富士山をバックに東方航空を眺む。

 

この後、紆余曲折すったもんだはあったが、なんとか無事に離陸した。本題ではないので詳細は省くが、静岡発で安いチケットが手に入るなら、また使っても良い(上から)。

 

 

上海で汗をかき、尻を洗う。

我らが中国東方航空便のエアバス321機は、上海浦東空港にコツン、と着陸した。イメージに反するソフトランディングである。

上海で乗り換え、我々はパリに向かうのだ。

しかし、その前に浦東空港でやらなければならないミッションが2つあった。ラウンジでシャワーを浴びることと、そして上海ーパリ便で通路側の座席を確保することである。パリまでのフライト時間は長いため、どちらも超重要である。

座席に関しては、我々は東方航空経由でエールフランスの激安チケットを購入していたため、Web上で座席予約が出来なかった。そのためか、3人並びの窓側席と中央席という、長距離便では絶対に避けたい座席が選ばれてしまっていたのだ。日本のチェックインカウンターでは「システム上、座席変更ができません」と言われてしまった。

座席変更は制限区域外のエールフランスのカウンターに行く必要があり、わざわざ中国国内に入国する必要があった。このあたりの経緯は長くなるので後述するが、とにかくカウンターで美人スタッフに掛け合って、無事通路側座席を2つゲットした。美人スタッフは長い睫毛を揺らしながらラウンジへのインビテーションも書いてくれた(プライオリティ資格を持っているので)。

そうして再び出国した。うろつき回って汗だくである。

とりあえず、ラウンジでシャワーを浴びなければ。

 

浦東空港のビジネスラウンジは、JALエールフランスだけ別になっている。恐らく口うるさい日本人客と面倒臭いフランス人客をまとめて面倒見てしまおうという魂胆ではないかと思われる。(やれスタッフが無愛想だの、やれ便所が汚いだの、自分も含め日本人の要求はやたらうるさいとオモイマスヨ。)

髪の毛一つ落ちていない清潔なシャワーで尻を洗い、そこそこ美味しいラウンジ飯を摂取し、オヤツにペンギンちゃんのマシュマロをいただいているうちに時間となった。

 

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ラウンジのシャワールーム。さすがにまともなクオリティ。タオルも清潔。

 

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ラウンジ飯。まあ悪くない。やたらとタピオカ入りココナッツミルクを猛プッシュされたが、味は別に普通である。

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ペンギンちゃんのマシュマロ。


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突然スタッフが配り始めた冷凍ピザ。アメリカ系航空会社の客もいないのに、すごいホスピタリティである。

 

さて、我々が乗るのは2階建てのレア飛行機、エアバス380である(座席は1階部分だけどな)。ボーディングブリッジから見ると、窓が2列に並んでいて盛り上がる。

が、乗ってしまえば普通のジャンボジェット機である。

エールフランスは2度目である。機内食は普通に美味しいのだが、朝食が甘党仕様である。「パン2種、フレンチトースト(甘い)、フルーツ(甘酸っぱい)、ヨーグルト(甘い)、オレンジジュース(甘い)、ホットチョコレート(甘い)」と、パン意外全部甘いラインナップである。ちなみに、もちろんジャムもついてくるので、やりようによっては全て甘いものにもできてしまう。逃げ場がない!

 

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機内食その1、夜食。コールスロー、パスタ、チーズ、ココナッツムース、普通に美味しい。


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機内食その2、朝食。甘党なので実はけっこう好きな感じである!

 

座席を通路側に変更できたおかげで、機内はかなり快適に過ごせた。珍しく熟睡でき、あっという間にパリに着いた。

 

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 CDGのあの有名なグルグルターミナル。

 

シャルルドゴール空港からリヨン駅(パリにあるけどリヨン駅)まではバスである。車内には日本人が多くおり「あー、風呂入りてぇ。」などと日本語が聞こえてきた。我々は上海で既に尻を洗っており、優越感に浸りかけたが、瞬間、我々が単に無駄に遠回りしているだけであることに気づいた。日本からの直行便に乗った人たちと最後に風呂に入ってからの経過時間にはそれほど差がない。優越感も何も彼らの尻と我らの尻は同程度の汚さである。

 

リヨン駅の前では、ところどころにマイクを持ったレポーターがいた。朝のニュースでストの様子を伝えようというのか。ニュースで見たフランスに自分がいると思うと、これから鉄道に乗ることも忘れてワクワクした。

 

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早朝のリヨン駅。リヨンに向かう高速鉄道が発着する。

 

駅中のピエール・エルメでいそいそとショコラショー(ホットチョコレート)を買い、ベンチに座って電車を待った。駅のホールにはピアノが置いてあり、薄汚れたバックパッカーがやたらと上手く「パイレーツ・オブ・カリビアン」のテーマを弾いていた。せっかくなのだから、もう少しパリっぽい曲を弾けば良いのにと思うが、そういえばパリっぽい曲って何だろう。「パリは燃えているか」など弾かれてもシリアス過ぎるだろうか。

 

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ピエール・エルメのショコラショー。人によっては粉っぽく感じるかもしれないが、個人的には濃厚で超うまい。おかわり希望。

 

運良く、我々のTGVはストの影響もなく時間通りに発車した。

さぁ、いよいよ美食の都、リヨンである。(タイトル負け甚だしい終わり方)

 

続く。

 

 

※上海浦東空港での紆余曲折(別に大して興味もないだろうが、一応下に書いておく。)

ボーディングブリッジを降り、東方航空の乗り換えカウンターに着いた。既に深夜のため10人ほど立てそうな幅のカウンターにスタッフは1人しかいない。前にいたスタッフに座席を変更したいと言うと、とりあえず並べと言われた。順番待ちの行列は長かったが「スカイプライオリティ」資格を大いに活用し、グイグイ進んでくる中国人を押し除けてカウンターにたどり着いた。

「席を変えてほしいんですけど」と静岡で発券したチケットを見せると、グランドスタッフは不機嫌そうに「ここは東方航空のカウンターよ!エールフランス便の席なんて知らないわ!(意訳)」と言い終わるや否や「ネクスト!!」と言い放った。惚れ惚れする仕事のスピード感(皮肉)。東方航空とのコードシェア便であっても、エールフランス機材の座席は変更できないということらしい。席を変えるにはエールフランスのカウンターに行かなければならないようだ。

しかし、周りを見渡してもそれらしきものはない。離れたところに立っていた空港スタッフに聞くと「エールフランスのカウンターは、エスカレーターを降りてターミナル1に行って!」などと言う。エスカレーターを降りた先がターミナル1かと思って行ってみると、ターミナル間移動の無料地下鉄(何ていう名前なんだろう)のプラットフォームだった。これまで何度も浦東空港を使ったが、こんなものに乗った記憶はない。設備もどことなく真新しく、拡張された離れ小島だろうか、と思うも空港全体の案内図もなく、浦東空港のホームページにもなく、結局最後までよくわからなかった。

 

ターミナル1に来てはみたものの、あるのは東方航空のカウンターだけで、エール・フランスのカウンターなどどこにもない。空港スタッフに聞けば、エールフランスカウンターは一度入国しなければならないらしい(この段階ではまだ中国国内には入国していなかった)。確かに、浦東空港では外国の航空会社の乗客は入国せずに乗り換えられない仕組みになっており、考えてみれば制限区域内にカウンターなどあるはずがないのだ。

まだ時間もあるため、入国してみることにした。入国して、エールフランスのカウンターに行って、それでも通路側座席に変更できないと言われれば、フライト中窮屈でも諦めがつく。

入国審査では、私の指紋を読み取ると同時に端末がフリーズし、普通なら30秒で終わる審査に5分以上かかった。ふふふ、私の指紋にはウイルス・コードが組み込まれている。私は日本から送り込まれた人間サイバーテロ装置なのである。(もちろん嘘)

 

無事、入国審査を通過した後、パリまでスルーチェックインではあるものの、バゲッジクレームで荷物が出てこないことを念のため確認した。以前、浦東空港の乗り換えでスルーのはずが、我々の荷物が何故かバゲッジクレームの床に置かれていたことがあったのだ。

バゲッジクレームにはデジタル掲示板が設置されており、画面にはなぜかWindows XPのあの草原の写真が映し出されていた。XPは大昔にサポートが切れており、浦東空港のセキュリティ管理に不安を禁じ得ない。いや、アップデートしろよ。(まさか入国審査の端末にもXPを使っていたりしないだろうな?)

 

エールフランスのカウンターに着いてみると、まだオープン15分前であった。並んで待っていると、向こうにデビアスの広告が見えた。そういえば、バブル期はよく「ダイヤモンドは永遠の輝き」とかいうCMが流れていただが、長いこと見ていない。

 

そうして無事に通路側座席を確保したのである。こうして書いてみると大したことがないように見えるが、浦東空港は広いので地味に大変である。私グッジョブ。

 

旅の終着地、パリ編

2019年5月4日、パリへ。

タリスでケルンを後にした我々は、ドイツのあまりの居心地の良さにより、すっかり旅を舐めきっていた。

「やっぱり最初にインドとかロシアに行っちゃうとさぁ、先進ヨーロッパ諸国はパンチがないよねー。」などとわかったようなことを言い合い、おフランスなどもはや消化試合くらいの勢いである。

 

そうして緊張感の抜けきった我々を乗せて、赤い高速列車はヌルリとパリ北駅に停車した。

電車を降り、やれやれ隣のDQN同胞ともおさらばだぜ、などと呑気に考えながらプラットフォームに降り立つと、何やら地面が汚い。何かのシミやら吸殻などで不潔なのである。チリ一つなかったドイツとは大違い。

嫌な予感を抑えつつ地下鉄駅に向かった我々は、そこで「どこのヨハネスブルクか」と思わんばかりの治安の悪さに驚愕した。無論、事前に北駅周辺の治安が悪いことは調べてはいたのだが、何しろ完全に油断していたのである。

とにかく人々の柄が悪い。

タダ乗りするために、自動改札で前の人にピッタリとついて通り抜けようとする輩や、それどころか堂々と自動改札を飛び越える輩までいる。

このような犯罪ともつかないような軽犯罪は氷山の一角に違いなく、確実に、もっと悪いことをしている輩もウジャウジャいるはずだ。ゴキブリは、1匹見かけたら30匹は隠れているのだ。

スーツケースを引き、券売機を探して辺りを見渡す我々はいかにも旅行者然としており、肉食獣が闊歩するサバンナに放たれた家畜のようなものである。動揺を抑えつつ券売機で10枚綴りの回数券を購入し、後方に警戒しながら自動改札を通り抜けた。

 

プラットフォームは地下にある。そのため、地下鉄に乗るには地下に降りなければならないのだが、正直、階段の前で「イヤだ、降りたくない」と思った。階段は不潔で、降りた先も薄暗く、ヤバそうな気配がする。

実際プラットフォームに降りると、そこにいたヤバそうな白人たち、おっかない黒人たちが皆さりげなくこちらを見た(気がした)のでギョッとした。我々のような呑気な黄色人種は1人もいない。

なんでこんなところに来ちゃったかな。居心地の悪い気持ちを吹っ切るように地下鉄4号線に乗る。ふと向かいに立つ移民らしい男性が、こちらを値踏みする様に凝視しているのに気づいた。こちらが目を合わせてもそらさない。大丈夫、我々は貧乏臭い服を着ている。カモにはならないはずだ。

そのうち、急に宿周辺の治安が心配になってきた。北駅から地下鉄で1本で行けるモンパルナスに宿をとったのだ。ネットでは治安が良いとの評判だったが、地下鉄で16駅越えたくらいで変わるものだろうか。東横線は端から端まで行ったところでシャレオツラインであり、路線を変えない限り雰囲気など変わらないのではないか。

しかし、幸い数駅過ぎると急に乗客の様子が変わってきた。空気が緩み、なんとなくお上品な感じの人々が増えていく。まだ油断はできないが、ヤマは越えたらしい。女子1人旅で来てたら泣くところであった。

 

モンパルナス駅周辺は、無駄にたまろっている輩がいるわけでもなく、評判通り割と治安が良さそうである。歩道にはヒビが入り、吸殻などで散らかってはいるのだが。

宿はホテル・コンコルド・モンパルナス。空港行きのバス「Le Bus Direct」のバス停の目の前にある。

 

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ホテルのエレベーター前には縞々のペンちゃんが。

 

緊張して疲れたのか、腹が減ってきた。コスパ最高、とアタリをつけていたブイヨン・シャルティエへ。

ドアを開けると、身長2メートルほど、体重は100 キロを優に超えているであろう強面の紳士が颯爽とお出迎え。ガードマンも兼ねているのだろう。評判通りの人気で、店では既に数人が順番待ちしていた。列の後ろに並ぶようデカい紳士に指示され、転がっていた新聞を眺めつつ順番を待った(もちろん仏字新聞、もちろん読めない)。既に夜10時も近いのに我々の後からもどんどん人が入ってくる。パリっ子は宵っパリなのである(パリだけに!)

 

それほど待たずに華奢なギャルソンが我々を席に案内してくれた。狭い店内はかなり活気があり、パリッと制服を着こなした(パリだけに!)ギャルソンがキビキビと優雅に動き回る様は、正直これまで行ったどこの国にもなかった感じである。料理のサーブも早く、サービスが行き届いている。さすがは本場。さすがはパリ。

 

注文は、テーブルクロス代わりのザラ紙に書かれるシステムで、端末でポチポチやられるより色気がある。こういうのんで良いのだ。

 

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字が汚いのもソレっぽい。

 

注文したのは、夫は前菜にパテ・ド・カンパーニュ(写真なし)、メインにカモのコンフィ、デザートにババ。私は前菜にキャロット・ラペ、メインはステーキフリット(懲りずに肉と芋再び)、デザートはモンブランである。合わせるのはピノ・ノワールを使った一応フランス産の謎ワイン。値段なりにカジュアルな感じではあるが、どれも旨い。なんというか、その値段で可能な範囲で、ものすごくちゃんと作っている味である。美味しくないと商売できない土地で賑わっているだけのことはある。

すっかり満足してホテルに帰った。

 

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カモ。美味しかったそうです。


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ステーキフリット。ドイツと違い、肉が程よい大きさ!普通に美味。


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ババ 。要はラムを染み込ませたブリオッシュ。酔っ払いそうだが旨い。

 

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モンブラン。なんとマロンペーストにホイップクリームを載せただけという、硬派すぎるデザートである。

 

 

翌日は憧れのベルサイユへ。

朝食はカフェでクロワッサンとオレンジジュースを。クロワッサンはまあ旨いんだけど、最近このくらいなら日本でも食べられる味である。日本のパン職人の努力を思う。胸熱。

 

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クロワッサン。まあおいしいけども。

 

そうしてノンビリ朝食を食べていたら、うっかり乗るはずの電車を逃し、11時からの優先入場に30分ほど遅刻してしまった。

普通に並べば2時間はかかるところを待ち時間なしで入るために1人40ユーロも払っている。メールには「遅れたから無効」とも読める記載はあったが、ここはなんとかゴリ押さなくてはならない。もちろん遅れた我々が悪いことなど承知だが、例えば時間を守らないことで有名な某国の観光客など絶対に遅刻してるに違いなく、うまいこと次の回に紛れ込ませてくれるはず、という目論見もあった。

優先入場の窓口に行き、日本人的に「遅れてごめんなさい」と言いたくなるところをグッと堪え、「時間通り来ましたけど?」という顔でシレッとバウチャーを出す。窓口のオネエさんにフランス訛りの英語でごちゃごちゃ言われるも「?」という顔をした。断るのも面倒臭えなと思わせようという魂胆である。

すると、日本語を話せるお姉ちゃんがやってきて次の回に入れてくれると言う。「これが、ベルサイユ・シロとベルサイユ・ニワのニュウジョウケンです。11時45分にあそこの柱の前にいてください。」ベルサイユ宮殿と庭園ね、フムフム。

ここらで尿意が限界に近づいたので、隣のマックでトイレを借りる。もちろんタダでトイレを使わせてくれるような気前の良さはない。何か購入するとトイレのロック解除コードがもらえるのである。周辺には他にトイレはなく、ものすごく儲かりそうなシステムである。あまりの注文の多さに店員が全然追いついておらず、結局我々は購入したはずのカフェラテを受け取る前に集合時間が来てしまったので諦めた。まあトイレ代である。別に良い。

集合場所で待っていると、名簿を持った陽気な女子が現れ出欠を取り始めた。我々の名前を呼ばれた際、本当にウッカリと指揃えて手を挙げてしまったのはウッカリ極まりない愚行であった。

ズラリと並ぶ観光客を尻目に優先レーンから入場した。セキュリティチェックがあるので、優先レーンであっても30分ほどは待たされた。ベルサイユ恐るべし。

中に入ると音声ガイドを手渡され、後は完全自由行動である。絢爛豪華ではあるだが、既にエルミタージュで麻痺しているのでそれほどの感動はなかった。まあ、装飾や調度品はエルミタージュよりも洗練されて垢抜けてるのは確かである。たしかに金はかかっている。こりゃフランス革命も起きるわ。

仕方のないことではあるが、何しろ激混みなのが興醒めではある。とはいえ、かなり広いので入口から遠いトリアノンまで行けばかなり空いてくる。

庭園では、小銃を構えた軍人が数人グループでパトロールしており、中には女性も1人いた。いわば現代のオスカル様である。麗しい。

 

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鏡の間。シャンデリアを見ると「地震来たら危ないな」とつい思ってしまうワタクシである。


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教科書で見たナポレオンの戴冠式のアレ。思った以上に大きく、壁一面コレである。


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リシュリュー卿。三銃士の悪役で有名な。


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ベルサイユ・ニワ


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噴水には羽根を切られた飛ばない白鳥が。なんかソレっぽい。


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途中で腹が減ったのでパニーニを。

 

 

さて、ベルサイユを満喫した我々は、パリに戻って散歩である。

歩き疲れて入ったのは、マレ地区のブルゴーニュ料理屋、オ・ブルギニオン・ド・マレ(と読むのか)である。

夫は牡蠣、アンドゥイエット(豚の小腸にモツ類を詰めたもの)、ババ 、私はウフ・アン・ムーレット(赤ワインのソースを使ったポーチドエッグ)、ブッフ・ブルギニオン(牛肉のブルゴーニュ煮込み)、デザートにチョコレートシューを注文した。

前日の店よりもやや高価であり、味も洗練されていた。ここでもギャルソンの優雅さは健在である。昔のフランス旅行といえば、日本人はレストランで差別されて相手にされない等の話をよく聞いたものだが、全くそんなことはない。親切丁寧て非常に感じの良いサービスである。あれだけ移民が増えてくると、観光で来ている大人しい日本人になど構っている余裕がないのだろう。

 

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前菜の牡蠣。量が少なかったらしい。


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ウフ・アン・ムーレット。赤ワインの旨味が米に絶対合わない感じで美味。(もちろんパンに超合う)


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アンドゥイエット。ホルモン好きにはたまらないヤツ。


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ブルゴーニュ煮込み。見た目よりあっさりしており、優しい味。赤ワイン味が前菜と被ったが、注文する価値はあった。


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ババ 。盛り付けが洒落ている。

 

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シュー。チョコレートソースが激甘。本気で甘い。

 

お腹も心も満たされた我々は、腹ごなしにセーヌ川沿いを散歩した。景色が贅沢である。


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木造部分が焼失したノートルダム大聖堂


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映画「ポンヌフの恋人」で有名なポン・ヌフ。和訳すれば新橋。


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ルーブルのアレ。一応通りかかったので。

 

ホテルに戻るべく、地下鉄駅に入ると、深緑の制服を着たガチムチのおじさんが愛想よく「ボンソワ〜」と話しかけてきた。制服を着ているとはいえ、着こなしがだらしなく(上着を半分脱ぎかけていた)、何か怪しいので無視すると今度はドスの効いた声で「ボン!ソワッ!」とこちらを睨みながら怒鳴られた。そして切符を見せろという。要は、あまりに無賃乗車が多いため、検札をしていたのだ。「ボンソワ」とはフランス語で「こんばんは」の意味らしいが、こういう使い方もあるんだな、と妙に関心した。

 

 

さあ帰るぞ日本へ。

翌朝、ホテル前から空港シャトルバスに乗り込んだ。疲れが出たのか眠りこけてしまい、あまり覚えていない。

 

空港に着き、アエロフロートのチェックインカウンターに向かった。安かったのでモスクワ経由のチケットを買っていたのである。

しかし、出発3時間前にも関わらずオープンしていない。時間潰しに別ターミナルの郵便局で絵葉書を出して戻ってきても、まだ閉鎖したままである。

カウンターにスタッフはいるのだが、ずっと端末を操作していたり、上司と思われる男性と話し込んでいたりする。ラチが開かない感じである。

仕方なくベンチに座って様子を見ていると「日本の方ですか?」と話しかけられた。旅慣れた風の感じの良い男性で、日本から娘に会いに来てモスクワ経由で帰るという。と、男性は気になることを言い出した。

「ついてないですね、モスクワで事故なんて。」

聞けば、我々が経由地として向かう予定だったモスクワ、シェレメチェボ空港で飛行機の炎上事故があり、空港が封鎖されているとのことであった。なんとも痛ましい事故である。亡くなられた方々のご冥福をお祈りする。(大部分がロシア正教徒か無宗教だろうけど)

しかし、我々は今日中に帰国しなければ仕事に支障が出る。とりあえず、まだ疎らにしか人のいないチェックインカウンターに並んでみることにした。しばらくしてオープンしたが、そこで得られたのは「飛行機がキャンセルになったので、チケットカウンターで手続きをしてください」という案内のみであった。

こういう時、順番は早いほど良い。チケットカウンターにダッシュし、前から2番目の位置をゲットした。それでも当日の便には空きがなく、翌日のフライトになってしまった。

チケットカウンターの疲れた顔をした係員は、深い溜息を何度も突きながら、空港近くのINNSIDEという紛らわしい名前のホテルを取ってくれた。ランチ、ディナー、朝食付きである。

ランチはブッフェ式で、鶏肉(パサパサ)、芋、パンとブラウニーのみという粗末さ。しかもコーヒーマシンが故障中で、飲み物はタップウォーターのみである。ちなみに、ディナーも全く同じラインナップであった。タダで取ってもらったので文句は言えないが、普通にお金を払って泊まっている客は何も文句を言わないのだろうか。

暇なので空港に戻り、ターミナル1をグルグルしたあとはホテルバーでビールを飲みまくった。

夜中、Skypeで会社に電話をかけ、もう1日休みをもらった。優しい上司は、気をつけて帰ってきてくださいね、と言ってくれた。

翌朝は同じくブッフェ式の朝食ではあったが、チキン、芋、パンに加えて品数も多く初めて満足に食事を取れた。思うに、朝食だけ真面目に作り、昼夜は朝の残り物で切り盛りしていたのだろう。企業努力というやつだ。

なんとなくモヤモヤしながら、再び空港へむかった。

 

 

今度こそ帰るぞ日本へ。
ところで振り分けられたはエールフランスの直行便、しかも席はプレミアムエコノミーである。もちろん事故は痛ましいのだが、不謹慎ながらも少しラッキーと思ってしまう。

出国審査を済ませて搭乗待合室に行くと、見た感じ半分以上が日本人である。そのせいか、搭乗開始のアナウンスがなぜか日本語でしか流れなかった。ヨーロッパ人はざわついたが、日本人の様子を見て搭乗開始を悟ったらしく、すぐに大人しくなった。フランスの空港で日本語のアナウンスのみ、というのも妙な話だが、あれはミスだったのだろうか。

ふと見ると、着物を着て長い髪をチョンマゲにした極東アジア系の男性が目に付いた。外人連中に「オー、サムライボーイ!」などと言われて愛想を振りまいており、格好の割には日本人とは思えないコミュニケーション能力である。とはいえ、着物なんて着るのは日本人くらいだろうから日本人なのだろうとは思うが、それにしても日本国内ですら成人の日くらいにしか見かけない中、わざわざシャルルドゴールでキモノを着るというのも何某かの意図を感じざるを得ない。間違いなく、外人に「オー、サムライ!クール!」と言って欲しいだけの構ってちゃんなのだろう。ダッセ。(単にコミュ力の高いこの男性に対するコミュ障のヒガミである。)

 

さて、グヌヌと僻みながら優先搭乗すると、さすがプレエコ、座席がとても広い。座って後から入ってくる人々を眺めていると、何故か日本人女性に「ベレー帽、ボーダーシャツ、フレアスカート、好ましくはバレエシューズ」みたいな格好の方が多いことに気がついた。あれはなんか元ネタあるのだろうか。日本人以外にそういう格好の人は見かけなかったのだが。

さて、搭乗案内中に流れてきた日本語アナウンスによれば、飛行機内には英語、フランス語以外に、ロシア語、スペイン語ポルトガル語を話せる乗務員が乗っているとのこと。要は中国語以外の国連公用語と、日本語、ポルトガル語である。なんだそれ。すげえなエールフランス

離陸前にエレガントだのシックだの、お花畑女子がイメージしそうなフランス的ワーズを連呼するセイフティビデオを見る。ビデオには白人女性4人にアジア系女性1人、アフリカ系女性1人と、それなりに人種のバランスに配慮しているのが印象的であった。

そうして、我らがエールフランス機は遙かな日本に向けて飛び立った。

 

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ウェルカム的なスナック。おいしいプリッツという感じ。


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機内昼飯。エールフランスではエコでもシャンパンを出してくれるのだ!


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機内夜飯(というか日本時間では朝飯)。カトラリーが木というところに、EU的なプラスティック問題への取り組み姿勢が垣間見られる。

 

そうして、12日間の日程を終え、無事日本の地を踏むことが出来た。

到着ロビーで例のサムライボーイを見かけたが、飛行機で着替えたらしく、洋服になっていた。

やっぱり構ってちゃんじゃねえか!