日日是女子日

食ったり飲んだり

サンクトペテルブルク(聖イサアク大聖堂、血の上の救世主教会、ロシア美術館)

ロシア編の続き。

サンクトペテルブルク観光その1をお届けする。

 

まずは、聖イサアク大聖堂へ。

ホテルに荷物を置き、服をあるだけ着込んで外に出た。寒いのだ。

そしてホテル、ペトロ・パラスから5分ほど歩き、聖イサアク大聖堂に到着した。

 

聖イサアク大聖堂は、ロシア正教の大聖堂であり、「サンクトペテルブルクの歴史地区と関連建造物群」の一部として世界遺産に指定されている。

その姿は、ズッシリとした石造りの構造を巨大な石柱が支え、先頭中央にたまねぎ型のドームを頂く。この金色の美しいドームは、レニングラード包囲戦の時、ドイツ軍の標的になりうるとして灰色に塗り直されたらしい。今となっては、この美しい建物を爆撃するなど到底信じられないが、当時の人々は飢えと寒さの中で、どのような気持ちで灰色のドームを見上げたのか(大風呂敷)

 

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散々語っておいて、肝心のドーム部分が見えづらい写真しかない。なぜちゃんと正面から撮らなかった私よ。

 

チケットを買うために、有人窓口の長蛇の列に並びかけて、自動券売機に誰も並んでいないことに気づいた。なぜ皆自動券売機を使わないのだろう、故障中だろうか。

壊れていても驚かないが、ダメ元で操作してみたら普通に買えた。展望台と聖堂内の入場券のセット、400ルーブル。タッチパネル式で、その上英語にも対応しており、操作は簡単。猿でも買えるとまでは言わないが、読み書きができれば誰でも操作できるに違いない。まあ、支払いはクレジットカードのみなので、少なくともカードのない人は使えない。

 

さて、チケットを買ったらまず展望台に登る。200段ちょっとの螺旋階段を上り切ると、ドーム直下をグルリと囲むバルコニーに出る。

外は風が強く、高度感もある。一応手すりはあるが、バルコニーの幅は狭く、すれ違うのが怖い。手すりをギューギューに掴んで一周したが、この手すりがまたキンキンに冷えている。冬に素手で掴んだら凍傷になるのではないか。

 

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怖いので、迫力ある写真は撮れず。中央奥に小さく至聖三者大聖堂の青いドームが見える。

 

怖いし寒いしで、そそくさと下に降り、暖を求めて大聖堂の中に入った。

中に入ると、壁一面に描かれたキリストの生涯と聖人たち。このテのものにしては意外に写実的である。

 

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豪華な装飾。

 

しかし残念ながら、ありがたい聖人がたくさん描かれていても、正直イエス・キリストしかわからない。わからないので「フーン」としか思えないのである。

もし、ここで推し聖人でもいれば「ここの大聖堂はペテロ様がイケメン!」「パウロ様との距離が近い!」など、色々楽しめるのではないか・・・!みんなで作ろう推し聖人。(仏像萌えとかあるし)

聖人たちに見下ろされながら、若干不純な決意を固めて外に出た。

 


次は血の上の救世主教会へ。

聖イサアク大聖堂を出て、重厚な街並みを25分ほど歩き、血の上の救世主教会に着いた。この教会は、モスクワの聖ワシリイ大聖堂(パルナスのCMのアレ)と同じく、ポップ&キュートなたまねぎ系大聖堂である。

 

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なぜこの可愛い玉ねぎ屋根の写真をもっと撮らなかった私よ!なぜ!!(てっぺん奥の玉ねぎは工事中)

 

ここでも混雑した有人窓口を避けてガラガラの自動券売機でチケットを買う。

購入したチケットを自動改札機にかざして入ろうとするも、タイミングを間違えて通る前にバーが閉まってしまう。そしてバーに激突。太腿を強か打ち「ンハァ〜」みたいなマヌケな声が出た。

痛さでプルプルしながらバーを押してみても、既にビクともしない。再びバーコードをかざしてみても開かない。ワーワー騒いでいたら、怖い顔の門番がやってきて、呆れた顔で通してくれた。日本の恥である。

(ちなみに、この時できた青痣は、時間とともに赤くなり、そして黒くなったが、結局帰国するまで消えなかった。)

 

中に入ると、ここにもイエス・キリストと聖なる仲間たちがビッシリと描かれている。

よく見ると、油絵ではなく精密なモザイク画である。なんと手が込んでいるのか!

とはいえ、やはりここでも「フーン」程度で、ここで推し聖人がいれば、きっともっと(以下略)

 

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天井からイエス・キリストがコンニチワ。


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宇宙の果てからやってきた高度な文明を持つ知的生命体が、一人のユダヤ人男性に知恵を授けた。後のキリストである(適当)。ていうかコレ女性か?


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元気な男の子ですよ、の図。

 


この日最後はロシア美術館

大聖堂2つを流し見ても、まだ日没には時間がある。

血の上の救世主教会の近くのロシア美術館に寄ることにした。

 

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たまご色の外壁がかわいい。

 

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スズメのムクムク感がかわいい。(右の丸の上)

 

入口は建物の右端にひっそりとあり、何か入ってはいけないところに忍び込むような、疚しい気持ちになる。

中は宗教画、宗教画そして宗教画、たまに風景画があって再び宗教画。素晴らしいのはわかるのだが、いかんせんジャンルが偏っているので、正直お腹いっぱいになる。ここも推し聖人がいれば(以下略)

 

ぐったりして外に出ると、先の方に片手を伸ばした銅像が見えた。すわレーニン像か!と近づいてみると、惜しいことにプーシキン像であった。

 

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ポーズが似ている。

 

ここからホテルに帰る途中でスーパーマーケットに寄り、ビールやシャンパンスコエ、牛乳、カニカマなどを買う。シャンパンスコエは、シャンパーニュ地方とは何の関係もないロシアのスパークリングワインである。コスパ最強。なお、牛乳は獣臭く、カニカマは日本とそう変わらなかった。

 

 

さぁて、ごはんを食べますよ。

そろそろ日も暮れるので、1日目の観光はここまでにして、晩ごはんにしよう。

ホテルの斜向かい、ジョージア&ウズベキスタン料理Kazan Mangolである。

 

席に着き、とりあえずビールを頼む。

食べ物を注文し、ビールをチビチビやりながら料理を待つ。この店は余裕で英語が通じる。

 

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ビール。泡などという洒落臭えものは存在しない。硬派。

 

料理は全て優しい味付けで、少しエスニックな感じがあって美味。ロシアにおけるジョージアの料理は、日本でいう中華料理のようなものなのかな、と少し思った。

 

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ナスでナッツのペーストを巻いたもの。トッピングのザクロが良い仕事をしている。(既に半分食べてある)


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串焼きハチャプリ。ちぎりパンみたいな中にとろーりチーズ。子どもたちの好きな味。


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ビーフ&ポークとラムのヒンカリをふたつずつ(2個は写真撮る前に食べてしまった)。ラムがハーブ味で好み。


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やはりロシアに来たからにはボルシチを食べなければ。安定の旨さ。


そうしてお腹も心も満足し、サンクトペテルブルクの夜は更けていく。

 

続く。

 

 

おまけ。

ちなみにパルナスこれな。

サンクトペテルブルク(プルコヴォ空港、爆走タクシーGett再び)

ロシア編の続き。

 

サンクトペテルブルク、プルコヴォ空港に着いた我々は、とにかく喉が渇いて仕方がない。前回残しておいたロシアルーブルを使い、自動販売機でレモン風味の炭酸水を買って飲む。120ルーブル、日本円にして200円くらい。微妙にボッタクリである。

バゲッジクレームで荷物を回収し、上着を着込む。思った以上に寒い。

 

空港のATMで現金を下ろし、Gettアプリでタクシーを呼ぶ。

Gettとは、ヨーロッパ、ロシアで普及しているUberのようなタクシーアプリである。使い方もUberと同じで地図で行先を選ぶだけ。とっても簡単。猿でも使えるとまでは言わないが、類人猿くらいなら訓練すれば使いこなせそうだ。

海外でもボッタクリを気にせず、簡単にタクシーが使える。本当に良い時代だ。ボッタくるのは空港の自販機くらいである。

 

さて、Gettを待ちながら辺りを見渡すと、なんだがガランとしている。人が全然いない。

人口の多いニューデリーから来たので、余計に人が少なく感じるのだ。ニューデリーで、インド人が50人いるスペースに、ロシア人が1人くらいの感覚だ。

ウィキペディアによると、ニューデリーの人口密度が5,855人/km2、サンクトペテルブルクは3,743人/km2と1.5倍の差に過ぎない。ここから言えば、インド人が50人いるスペースに33人ほどのロシア人がいるはずだ。

にも関わらず、インド人50人に対してロシア人1人ということは、30人ちょっとのロシア人がどこかに隠れていることになる。ラーゲリに収容されているのかな?(局所的な人口密度を市域全体の人口密度で議論しているのがおかしいのであって、グラスノチすればラーゲリって言ってみたかっただけだ!)

 

閑話休題

 

空港に入ってきたドライバーは、一度、我々に気づかず、目の前を通り過ぎてしまった。

再びUターンして戻ってきたので、猛ダッシュで追いつき、車に追いついて合図すると、やっと気づいたらしく、キィっと停車した。

ヒュンダイの白いセダンから出てきたドライバー(仮にセルゲイ氏とする)は、ノシノシと近づくと、アッチの方を指差し、英語混じりのロシア語で何やら話しかけてくる。

おそらく「ここじゃなくて、あそこで待ってなくちゃダメだよ。」ということらしい。それは申し訳ない。「イズヴィニーチェ(ごめんなさい)」と答えて車に乗り込んだ(特に責任が伴わない限りは素直に謝るべきだと思っている)。

それを聞くと、セルゲイ氏は満足そうに頷き、シートに深く座ると、ぶるんっとエンジンをかけた。

 

と、いきなりアクセルを踏み込む。我らの不意を突く急加速。左右にGを感じるハンドリング。流れる景色。

コレである。想像を裏切らない爆走タクシーである。とりあえずシートベルトを探したが、案の定そんなものはない。

 

しかし、ナメてもらっちゃ困る。こちとらインドの強引グ・マイウェイ運転で諸々の感覚が麻痺しているんだぜ(滞在はたった2日だけど)。猛スピードで揺られながらも「案外突っ込まねえな」などと余裕綽々である。

途中、セルゲイ氏が「ワンミニッツ」などと言って車を止め、路肩で立ち小便をしたものの、道路は比較的空いており、順調に進んだ。セルゲイ氏の快速運転もあって30分ほどでホテル「ペトロ・パラス」に到着した。

もう少し飛ばせたな、などと考えて、ふと、インドで人生観を変えられていることに気づく。人生観というか、タクシー観というか。

 

話は逸れるが、ロシアにおいて、インドよりカオスなのはそこらの車体である。

ケルヒャーのCMのごとくドロドロに汚い車は可愛い方。リアパンパーが欠けたまま走行する車、割れたパンパーをガムテープでガチガチにテーピングした車、ボンネットが欠けて中が見えている車(どうしたらそんな壊れ方するんや)など、物を大切にするロシア人たちにホッコリさせられる。

こういうぶっ飛んだ合理性が癖になる。「一方ロシアは鉛筆を使った」的発想。

この楽しさは行ったことのない人に伝えるのは難しいのだが、次回より、とっても楽しいサンクトペテルブルクの観光の様子をお届けしよう。

 

続く。

GW旅行(モスクワ、シェレメチェボ空港国内線Ruvlevラウンジ)

インド編からの続き。

 

インド人を満載したアエロフロート機は、パキスタン上空を大きく迂回し、モスクワへと飛んだ。印パ情勢の悪化により、パキスタンが民間機に対し領空内の飛行を禁止したためである。

飛行時間が多少長くはなるが、こればかりは仕方ない。仕方がないのは理解する。

 

さて、アエロフロートといえば美人CAである。

CGのようなロシア美女がニコリともせず、アンドロイドのごとく正確さで機内食を配り歩くディストピア感が堪らない(誇張)。色々と中二SFな妄想が捗る。

 

うっとり眺めていると、ふとインド発便の方が、日本便よりもCAにヤリ手BBAっぽいCAが多いことに気づく。

きっと手強いインド人をうまく往なす必要があるのだろう、と悪意のある推測をしていたが、実際はインド人は皆おとなしい。CAの言いつけをよく聞き、シートベルト着用サインが消えても、自由に動き回ったり騒いだりしない。

やり手BBAが多いのはたまたまか、と認識を改める頃、モスクワ、シェレメチェボ空港に着陸した。

 

タラップが接続され、ドアが開くと、ビジネスクラスのお客様から降機を開始する。

タラップの前には、「BUSINESSES 」と書かれた特別なバスがビジネスクラスのお客様を待っており、エコノミークラスの客が一緒に降機ないように、CAが通路の先頭でガードする。エコノミークラスの客は、ビジネスクラスのお客様が全員バスに乗り込むまでは降りられないのだ。 

飛行機は厳密な縦社会である。多く金を払った方が偉いのだ。格安航空券の客など奴隷船である。

 

と、奴隷船の中から1人のオッさんが、通路で待つ人々を押し分けながら進み出てきた。そして、イライラした調子で「通してくれ」と CAにゴネ出した。

「乗り換えまで1時間しかないんだ、通してくれ!」

そう言い放つと、オッさんはCAの壁を乗り越えて降りようとする。

 

いざ、ヤリ手BBAの出番である。

BBACAが若CAに指示を出し、ディフェンスの壁を厚くした上で、客をひと睨みし「ノー!1時間もあれば十分です!」と無慈悲に断る。ニェットと言わんばかりの頑なさ。

「飛行機に遅れてしまう!」「ノー!」「通してくれ!」「ノー!!大丈夫だから待ってなさい!」「・・・。」

取りつく島もないとはまさにこのこと。オッさんもしつこく繰り返したが、最後はBBAに根負けして黙ってしまった。

 

ビジネスクラスの最後のお1人様がやっとお降りになると、我々エコノミーの番である。

ディフェンスCAがスッと道を開け、同時に駆け出すオッさん。バスだから走ったところで変わらないんだけどな。

BBAに「サンキュー、バイ」とお座なりに見送られながら、タラップを降りた。空気がピリッと冷えている。

バスで運ばれながら、駐機場に並んだアエロフロート機を眺めた。銀色の機体さえ、淡い色合いの太陽を反射して寒々しい。

 

入国審査には既に20人ほど並んでいた。

ロシアの入国審査は時間がかかる。気難しそうな審査官が、パスポートを隈なくチェックしたり、ルーペのような器具でビザを見たり、とにかく簡単には通してくれない。

BBA CAは何を根拠に1時間もあれば十分と言ったのか。あのオッさんは間に合ったのだろうか。

 

横の列では「Kazakhstan」と書かれた揃いの赤いジャージを着た少女達が、何やらクスクス笑い合っていた。新体操の選手だろうか、皆ぴっちりとお団子を結っている。ザギトワ系。

前に並んでいるのは、茶色の外交旅券の日本人女性。Diplomatsレーンがあるにも関わらず一般レーンに並んでいるのは連れがいるためか。(別に、混んでるんだからあっち行けとかは思っていない。)

 

そうこうするうちに、我々が並んでいたレーンが閉まってしまった。苦そうな顔をした職員が出てきて、我々、非ロシア人たちをRussian citizensの列に連れて行く。

良いのかよ?と緊張しながらパスポートを見せると、入国審査官はつまらなそうに溜息をつき、面倒臭そうにハンコを押してくれた。良いのかよ。

 

無事に入国し、次に向かうのは、シェレメチェボのBターミナルである。Bターミナルからは、国内線が発着しているのだ。

案内に従い、途中「対独戦争勝利記念日」の飾りのある動く歩道に乗ったり、電車に乗ったりしてBターミナルに到着した。全部で10分くらいか。案内は割と親切である。

 

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この階段を降りた先に、Bターミナル行きの電車乗り場がある。

 

しかし、飛行機の時間にはまだ早い。Bターミナル入ってすぐ、Ravlevラウンジでオヤツにしよう。我々は、Deltaの上級会員資格で入る。

 

 

Ruvlevラウンジは、とても長いフードカウンターが名物で、ロシアのベストラウンジにも選ばれたとか。国内線ターミナルなのに、ハムなどのコールドフードやスープ、パン、ケーキやクッキーなど大満足のラインナップである。甘党としては、スイーツの充実度合いがけしからん。

ワールドカップの時に作られたとのことで、まだピカピカ、トイレも清潔(モスクワは空港ですらトイレが地獄の汚さだったりする)。

 

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フードカウンターには、お酒もスイーツも充実。カウンターの長さは50メートルくらいある。

 

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写真ではわかりづらいが、玉ねぎ型の洒落たデザインである。

 

カフェラテを淹れ、ヨーグルトやクッキー、ブリヌイ、ミルク粥などを頂く。ミルク粥はほんのり甘くて好みである。私はミルク粥が大好きなのだが、スープと思って蓋を開けた時のトキメキと言ったら!まさかあんな家っぽいモノが食べられるとは。夫によると、ハムやチーズもおいしかったらしい。


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けしからんフードたち。こうして見ると、乳製品と炭水化物しか食べてない。


オヤツをガツガツ食べて1時間ほど潰し、定刻、サンクトペテルブルク行きのアエロフロートに搭乗した。

機内では、メーテルみたいなCAの美女が、無表情で安全デモをするのが圧巻であった。救命胴衣を膨らます時もピクリとも表情が崩れない。

機内食として、噛みごたえのあるサンドイッチと、小ぶりな林檎が1人1個配給された。

 

ロシアに来た。コレがロシアである。

 

続く。

GW旅行(インド、Select City Walk、ミールス食べ放題Suruchi)

インド編の続き。

一泊しかしてないインドに何記事書くつもりだ?いや、これがインド編最後である。

 

 

Indian accentでの食事の後は、もともと映画館に行くつもりだったのだが、残念ながら、ちょうど良い時間に上映がなかった。わざわざインド国歌までマスターして行ったんだけどな。

仕方なしに、インドで今1番ナウいと評判のショッピングモール「Select City Mall」に向かった。


特に買いたいものはなかったので、冷やかし半分で見て回っていたのだが、ふとあることに気がついた。

多くのインド人は、日本人と比較して、身長の割に足が大きいのである。それなら、売っている靴のサイズも大きいに違いない。


私は足が大きく、日本ではサイズの合う靴がなかなか無いのである。24.5センチで少しキツいくらいなので、特別に大きいというほどでもないが、日本の靴はサイズが合わないことも多い。あったとしても少し窮屈である。

そんなわけで、欧米に行くと必ず靴を買うのだが、物価の安いインドで靴が買えるなら非常に嬉しい。お財布大喜び。


そこで、試しに「CHARLES & KEITH」に入って店員にサイズを伝えると、「オフコース、いくらでもありますぜマダム」と頼もしい答えが返ってきた。

そうして出してもらった靴が少しきつかったので、さらに大きいサイズを所望すると、またもや「ありますぜマダム!」と出してくる。

なんと素晴らしい、夢のような世界!

ウキウキと何足か試着して、オレンジ色のローヒールを購入した。4,500ルピー。ちゃんとした革で、これは安い。さすが凄インド。


靴をゲットしてホクホクしながら、さらにショッピングモールをウロつくと、喉が渇いてきた。モール内のカフェは混んでいたので、近くにあった「Junkyard Cafe」に入る。

夫はビール、私は生姜入りの生搾りオレンジジュースをいただく。ジュースは少しぬるいが、甘くて生姜辛くてうまい。失敗したと思ったのは、生姜が入っていたため、もともと暑さで熱を持っていた体が、さらに熱くなってしまったことである。

また、冷静に考えると、この生搾りジュースや、前日の生の玉ねぎは避けるべきだったかもしれない。幸い腹は壊さなかったが。

 

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生搾りオレンジジュースと、インドの上級国民様。


カフェでしばらく体を冷やし(冷えなかったけど)、晩ごはんを食べに向かった。


ベジタリアンミールス食べ放題の店Suruchiである。

ここも、まあカレーといえばカレーなのだが、そんなこと言ったら日本料理は全部醤油味だし、「は?ラーメンなんて全部同じでしょ?」と言ったら怒る人もいるだろう。インドは全部カレーというのは乱暴なのだ。(まあカレーなのだが。)

 

さて、ここでは、パンジャーブ地方グジャラート地方など、インドの色々な地域の料理が食べられる。(はい全部カレーです。)

我々が頼んだのはラジャスタン。この地方はパキスタンと国境を接しており、砂漠化する前には、インダス文明が栄えていた場所らしい。ラジャスタン料理は、パンジャーブグジャラートと比較して辛いらしいが、別に食べられないほどではない。

 

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インド薬味いろいろ。ここにも生タマネギ。

 

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ミールス。この後パンとか炭水化物も色々出てきたのだが、手が油でベトベトで写真どころじゃなかった。

 

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バターミルクキャラウェイが浮いてて、しょっぱい。

 

上の写真のようなものが、ストップをかけるまで延々と出てくる。お得感があるが、「もういらない」と言うと、店員が悲しそうな顔をして「オーケー、もっと食べられるよ?」と勝手におかわりを盛ったりして、まあ調子に乗って食べすぎた。しばらく気持ち悪くなった。うまかったけど。

これらの料理は日本にあるインド人が経営しているインド料理店の味とほぼ同じであった。例え食文化の異なる日本であっても、日本人好みに妥協したりはしないらしい。

写真は撮らなかったが、トウモロコシのモチモチのパンに、きび砂糖と油をドバドバかけたものが背徳的な旨さだった。カロリーの高いものにマズいものはない。

ちなみに、サーブしてくれた店員は、ターバンを巻いた陽気なインド人。「ジャパーン?アリガード、☆♪※◯~」などとよくわからない日本語でオモテナシをしてくれる。いいぜ、面白いぜインド人。ていうか日本語も話せんのかよ、インド脳すげえな。

 

晩飯の後は空港に向かい、アエロフロートでモスクワへ。

夫がDeltaのゴールドメダリオンを持っていたため、ラウンジでシャワーを浴びようと試みる。しかし、学校のプールにあるような剥き出しのシャワーしかなく、さすがにコレはどうかと思い、たまたま持っていたプライオリティパスで、別のラウンジに入った。こちらは必要にして十分な設備で、インドの汗と埃をロシアまで持ち込まずに済んだ。

シャワーを浴びると、ちょうどボーディングが始まっていた。

ゲートに向かい、スッチーが長身美女揃いのアエロフロートに乗り込んだ。

 

 

おまけ。

「インドに行くと人生観が変わる」とよく聞くけど、さすがに1泊では全く何も変わらなかった。まあゼロに何かけたところでゼロなので、何日いてもそんなに変わらないんじゃないか。

 

続く。

GW旅行(インド、Indian accent)

インド編の続き。

 

今回、先が長いので、ディープインドには立ち入らず、とりあえず上澄みだけ見て満足しよう、というのが大前提である。インドの澱みで腹を壊し、旅行の間トイレに立て籠もるような事態は絶対に避けなければならない。絶対にだ!

 

そう、インドは感染症の宝庫と言われている。誰が言っているかって、外務省がそう言っている。お役所というのは得てしてコンサバだから、そう言うからにはそれなりに根拠があるんだろう。


私の周りでも、インドで腹を壊したという話は非常によく聞く。知人の中には、生水を警戒し、歯磨きにミネラルウオーターを使うことは勿論、シャワーを浴びる際も水が入らないように口にガムテープを貼ったという御人もいる。そこまでしたにも関わらず、彼は腹を壊したらしい。ガムテープをわざわざ持って行ったのか?という疑問はさておき、インドの菌の強さには戦慄を覚える(まあ食べ物に当たったんだろうな)。

どうせ物価も安いし、「安い美味い」より「高くて清潔」である。

 


というわけで、インド2日目は、まずホテルにて、清潔で美味しい朝食を取った(全部カレーだ)。

そして昼は、インドの超高級レストラン、Indian accent。コレはまあ、衛生重視というわけではなくて、ちょっと食べてみたかっただけだ。


この店、アジアのベストレストラン50入りの実力派で、2人で2000円も出せば豪華な食事ができるインドにおいて、1コース約5000円(税別)もするのだ。他にワインペアリングをつけると倍の値段となる(しかも酒は税率も高い)。

 

さて、高級な、最先端のインド料理とは一体どんなものだろう?全くイメージが湧かない。

日本でインド料理といえば、何はともあれカレーであり、ナンであり、激安ではないものの高級でもなく、またそれほど凝った料理でもないがウマイ。食べると力が漲り、たまに無性に食べたくなる。

一方、カレー粉というのは、どんな食材でも等しくカレー味にする魔の調味料である(どこぞのレンジャー部隊では、カレー粉のみを持ち、無人島で蛇やトカゲを狩りながら生き抜くサバイバル訓練があるとか)。高級インド料理とはいえ、カレー粉を使ってしまえば、どんな高級食材もただのカレーに堕落してしまう可能性もある。

 

それでは実際、どのようなものだったのか。

結論から言えば、びっくりするほど洗練されており、味の幅が広く、美味しかった。その美味さ、インド料理観が変わる程である。

チャパティのごとく平たく言ってしまえば、全てカレー味ではあるのだが、食材や調味料の使い方に気が利いており、カレーの世界の奥深さを感じさせる。そして、我々はベジのコースにしたのだが、肉を使っていないとは思えない謎のUMAMIがあった。

ついでに加えておくと、店員は皆インド風イケメンである。少しエキゾチックなセンスの良い空間で、清潔なインド人のサービスを受けるのは、少しフェチというか、プレイ感がある。

 


というわけで、これより写真とともに料理を紹介する。

とはいえ、インド料理リテラシーが低すぎるので、「うまい」「カレー風味」程度の貧弱なボキャブラリーでお届けすることを先に断っておく。また、使っている食材もよくわからない。一応サーブする際に、料理の説明はしてくれるのだが、その分野の単語が全くわかりまへん。

 

まずは前菜、ブルーチーズを丸めて味付けで焼いたやつ。ワインはロゼのスパークリング。

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ブルーチーズのクセがそれほどなく、少し素朴な味。「フランスでは農家の子どものオヤツとして、日本でいうお焼きのように食べられています。」とか言われたら信じそう。うまい。

 

トマトのスープ
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平たく言えばトマトカレースープ。なのだが、複雑な奥深い味。とても美味しい。ベジでどうしてここまで滋味豊かなのか。何を使っているのか全然わからない。

 

マサラドーサ
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マサラドーサとは、一般的にはクレープみたいな生地にカレー味のジャガイモが包まれている、素朴な料理である。こいつは、もはや全く原型を留めていない。

フワフワとした淡い味のシロモノがレンゲくらいの大きさの匙にのり、パリパリの小麦粉系食品を振りかけてある。何か美味しい液体をメレンゲ状にしたものなのだが、またしても何を使っているのかわからない!(ベジだから卵白使えないし。)

オシャレな味。もっと食べたい。

 

サツマイモのソテー
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長細い筒状のものがサツマイモで、赤いのは苺、まろやかなカレー味のピューレが下に敷いてある。上にバルサミコ風味のソースがほんの少しだけ振りかけてある。

この料理のポイントは苺。以外な組み合わせだが、少し甘めのカレー味に、スッキリとしたアクセントとなって美味。ほー、と唸るおいしさ。口の中が幸せである!

 

薄切りのジャガイモとチーズを積み重ねたラザニアのようなもの、ワインはボルドーの白。
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もう上の説明だけで美味いことが容易に想像できるだろう。実際、ジャガイモとチーズは鉄板の組み合わせである。チーズはカマンベールを塩辛くしたような感じ。うまい。家で作れそう(失礼)。

ちなみにコレはカレー風味ではない。

 

パプリカに、甘いカレー味のソースで和えたカッテージチーズを詰めたもの。ワインは南アフリカピノ・ノワール
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とろりと甘いパプリカと、優しい味のチーズが合う。下には、何を使っているのか不明だが、優しいカレー味のまろやかなソース。パプリカと言ったものの、大きさ的には日本で言えば熟成させたピーマンっぽい。

 

アミガサタケの中に、細切れにしたキノコを詰めたもの、ワインはチリのメルロー
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要はキノコ in キノコ。菌類が手を取り合ってどこまでも行けるウマさ。

キノコの旨みがぎゅっと凝縮されていて、満足感がある。これなら肉など食べる必要はない。美味しい。意外と米に合いそう。

 

お口直しのシャーベット

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見た目に反してしょっぱい!マサラ風味の梅干し味。私は梅干しが苦手なので、イマイチだった。梅干しスキーの向きには堪らないであろうな。

 

平焼きパン、中にはバジルのような葉っぱ。
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見たまんま、小麦粉をこねて焼いた味。葉っぱが爽やか。アツアツでうまい。ツマミ系。

あともう一枚、キノコの入った同じようなパンが付く。こちらもツマミ系。

 

何かの葉っぱのコロッケにスイートコーンのソースをかけたもの。ワインはキャンティクラシコ
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スイートコーンのソースは、甘めのコーンスープのような味。コロッケ中の葉っぱはペースト状になっていて、トロトロとした舌触りと衣のサクサク感、そこに絡む甘いソースがすげえ合う。子供たちの大好きな味。

 

ガーリックナン

ここで、少し量が足りなかったので、ガーリックナンを追加した。写真はない。

日本のカレー屋にあるドロップ型のものではなく、渦巻き状に層を作ったタイプ。ニンニクの効かせ方が上品でうまい。

 

デザート、左からアーモンドのフワフワした何か、アイスクリーム、何かのタルト。インドのデザートワインSulaとともに。
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1番左は、カリカリのスライスアーモンドをメレンゲのようなフワフワのもので和えてあるのだが、やはり何を使っているのか不明。ガッツリ甘くてうまい。

真ん中は普通のアイスクリーム。優しいキャラメル味。

右のタルトは何故か甘露飴の味がした。原料何使ってるんだろう?これもガッツリ甘くてうまい。

 

最後に謎のお菓子。左上から時計回りに、しょっぱい何か、ゴマ風味のグラノーラのような何か、ドライマンゴー、謎の甘酸っぱい粒(説明になってない)
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これはまあ、ちょっと独特だな。少しだけ食べて、ほとんど手をつけなかった。

右上の赤紫のお菓子だけは美味しかった。ゴマ風味のキャラメルでナッツを和えたようなもので、ポリポリかじる程に味わい深い。

 


これで料理が3,500ルピー、加えてワインペアリング3,900ルピー、プラス税。インドなのになかなかのお値段だが、日本でこういうタイプのインド料理は食べられないので良い経験になった。

 

なお、インド人店員曰く、インド料理はスパイシーだからワイン・ペアリングが難しいのだが、ここの料理はミドルスパイシーなのでなんとか合わせられるのだとか。

個人的な感想としては、ワインと料理は合わなくはないものの、とはいえマリアージュのようなものはなかった気がする。別にワイン・ペアリングは付けなくても良いかもしれない。高いし。まあ、酒を目の前にして飲まないという選択肢はなかったのだが。

 

 

おまけ。

初めて訪れたインドは、動物天国だった。

干支の動物のうち、5つ、野良犬、野良牛、野良馬、野良猿、野良鳥に遭遇した。

他にネズミはきっといるだろうし、ベンガルには虎もいるし、インドのヘビ使いというくらいだし、さらに核実験で放射線を浴びてドラゴンが爆誕するとか、まあ何言ってんだか全然わかんねえな。

 

続く。

GW旅行(インド入国、カレーを食べる)

 

計画も固まったことであるし、あとは時が来れば実行するのみである。

まず、旅行の1カ国目はインド。

デリーまで、特典ビジネスで快適な空の旅を楽しむ(JALだけど)。

 

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ビアーとトメイトゥジュースでセルフレッドアイを楽しむ。

 

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エサ。偏りっぷりがアヴァンギャルド


楽しみにしていたヒマラヤ山脈が雲に覆われて見えず、ガッカリである。

 

そうして、我らがJAL機は、インド亜大陸を飛び越え、デリーはインディラ・ガンディー国際空港にヌルッと着陸した。

ボーディングブリッジを通り、空港に降り立つと、黄色やオレンジを基調とした内装が目に入る。雑に表現すれば、カレー色である。(いや私カレー大好きなんで)

耳をすませば、旅情をソソるインド音楽が聴こえてくる。

周りを見渡せば、小ざっぱりした格好のインド人たち。シックなスーツとターバンの組合せが最高にカッコイイことを知る。

ついでに言えば、トイレが下手なヨーロッパより清潔である。

 


病室のように殺風景なイミグレを通り、荷物を回収して外に出ると、むっとする熱気にクラクラした。コンクリートが日光を反射し、白く光っている。

そこらにある、何者かの糞を踏まないようにパーキングエリアに向かい、立体駐車場の1階にある専用レーンでUberを待つ。気温は高いが、空気は乾燥しており、日陰は過ごしやすい。

揃いの白いTシャツを着たインド人スタッフたちが手際良く客をさばいていく。Tシャツは薄汚れていたが、皆ソフトマッチョのイケメンであった。


そのまま数分待つと、我々の車が到着した。日本では見かけない、スズキの小型ハッチバック。トランクが狭いため、スーツケースは助手席に雑に積み込まれた。


空港を出ると、広々とした平らな道路に出る。周りを見ると、圧倒的に多いスズキ車と、次に多いタタ車。擦った痕や凹みのある車が多い。

それらの車が、頻繁にクラクションを鳴らしながら走り回る。車線変更時はウィンカーは出さず、後続車をクラクションで牽制して割り込むのがインド流らしい。スピードは、直線でもせいぜい60キロだが、縦横の車間距離が異常に狭い。そりゃ擦るわ。

これでは、運転するにも前後左右気を使って大変だな、と思いつつバックミラーを見やると、角度がおかしい。運転席を向いていないのだ。つまり、後ろも見ずに突っ込んでいるのだろうが、周りも慣れたもので、ぶつかるギリギリでうまくかわしている。凄インド!(そして時々避けきれずに擦るんだろう)

慣れてくると、ちょっと快感というか、見ていてクセになる。楽しい。インド楽しいぞ。

 


ホテルは、高級ホテル街にあり、近づくにつれ、スズキ車が減り、トヨタ車他が増えてくる。スズキはインドで大衆車の位置に食い込んでいるのだ。


そうして我々を乗せたスズキ車は、インド的に小綺麗な道を通り抜け、五ッ星ホテル、ザ・ラリットに到着した。警備員がトランクを改めてから、敷地に入る。車を降り、手荷物検査を受け、金属探知機を潜ってロビーに入る。厳重である。


フロントのお姉ちゃんは、ミランダ・カーをインド人にしたような可愛らしい女性で、我々が1泊しかしないことに対し、大袈裟な顔をして、「インドに1泊なんてもったいない!本当に素敵なところがたくさんあるのよ!最低でも1週間は必要だわ!」と嘆いた。その仕草も可愛らしかったので、おばちゃんは「またゆっくり来るよ。」と答える他なかったわ。


部屋で荷物を整理し、外に出る。

向かうはコンノート・プレイス。あの有名な、巨大なインド国旗を見に行ったのだが、残念ながらポールには何も掲げられていなかった。

あたりをウロつく。小綺麗だが、溢れんばかりにインド人がたむろっている。通りという通りにギッシリとインド人。インドって、本当に人口が多いんだな。


インド人をかき分け、辿り着いたカレー店「KAKE-DA-HOTEL」で夕食を摂る。

 

それなりの高級店なので、店内は清潔で、客もキチンとした服装をしている。

 

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これがカケーダホテルの外観でやんす。インド人が群がっている。

 

席に座り、ロティを7枚と、パラクパニール、サグミートを注文する。辛さは普通で。

料理を待っていると、生の玉ねぎスライスに、酢とカレーソースをかけたような料理がタダで付いてくる。辛いけど美味い。美味いが、生の玉ねぎというのは、それほど量が食べられない(なんか食ってると胃がキリキリするんだよ)。おかわりをくれたが、結局手をつけずに残してしまった。

 

注文した料理が続々と出される。あまり辛いのは得意ではないが、これくらいなら問題ない。激辛好きは、ちょっと攻めても大丈夫だろう。

 

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写真上から時計回りに、サグミート、玉ねぎの謎料理(食べかけで失礼)、パラクパニール、チキンタンドーリ。

 

いずれも(うっかり)緑のカレーで、少し漢方臭いのが堪らない。インド式カッテージチーズ、パニールが日本で食べるモソモソしたものとは異なり、モチモチしてて非常にウマい。サグミートの肉は謎肉風味だが、おそらく山羊の肉であろう。

加えて、タンドーリチキンも頼んだが、クッキリとした形の脊椎がついていたため、グロ耐性がゼロの私はすっかり食欲が失せてしまった。もちろん味は良く、単に私が軟弱なだけである。

ちょうど飲み物が欲しくなったところに、店員のオッさんが瓶のジュースを営業に来た。2本頼むと、その場でスポスポーンと手際良く栓を抜いてくれる。「サムズアップ」という、コーラを薄くしたようなジュースだが、これが気候と料理にちょうどいい。


すっかり満腹になった我々は、腹ごなしにホテルまで歩いて帰ることにした。

腹にやけにガスが溜まる。日本で警戒して整腸剤だのヨーグルトだのを取りすぎたせいで、出国前日から腹が緩かったのだ。

もちろんレディの嗜みとして放屁は我慢していたが、力及ばす漏れてしまった、まさにその時、物売りの少年がまとわりついてきた。ちょうど私の尻に鼻が来るくらいの身長である。

何か気まずい。それなりに臭かったろうに、スッポンのようなしつこさで付きまとってくる。ふと見ると、身なりは見すぼらしいものの、澄んだ美しい目をしている。とはいえ、買うつもりは毛頭ないので、グルグルと追いかけっこをして振り切った。

空港やレストランで「上澄み」しか見ていなかった私にとって、軽い衝撃があった。このような少年たちが、経済成長の恩恵を掴み取るチャンスが来ることを祈る。


ホテルに戻ってテレビをつけると、カオジロガンの子育てについてのドキュメンタリーが放送していた。カオジロガンについては、以前何かの記事を読んだことがあった。この鳥は、外敵の少ない断崖絶壁の上に巣を作り、産卵する。しかし、そのような場所はエサになるものがないため、孵化した雛は、羽根も生えそろわないうちに、崖の上から谷底まで飛び降りるのだ。

番組では、3羽の雛が飛び降りたが、無事に谷底まで辿りついたのは1羽だけであった。とても厳しい環境だ。


決して、先に遭遇した物売りの少年と重ねていたわけではないが、幼い鳥が厳しい世界を生き抜く強さに感銘を受け、YouTubeでカオジロガンの動画を見ながら眠りについた。

 


続く。

GW旅行計画(インド、ロシアとヨーロッパ)

1年以上前。新天皇即位の日が休みになることが決まる前から、今年のゴールデンウィークは、有休で休みをつなげて長旅をしようと思っていた。

元号が変わるタイミングだが、我々は遠く離れた海外で新元号をお祝いし、令和の新天皇の威光を遥々届けることを引き受けた。

その後、5月1日が今年限りの祝日になったお陰で、有給休暇を3日間も節約できた。ここぞとばかりに有休を投入、全部で11連休を手に入れた。


その連休で、まず、我々はモスクワからベルリンに寝台列車で行こうと考えた。以前、モスクワに行った際、エアポートエクスプレスの終着駅であるベラルースキー駅から、寝台列車でベルリンまで繋がっていると知り、強い憧れを抱いていたのだ。

モスクワからベルリンに向かう間に、ベラルーシポーランドを通過し、その間3回も国境を越えることになる。島国で生まれ育った我々にとって、陸路で複数の国の国境を越えるというのは、逆らい難い魅力がある。萌えに萌える。

とはいえ、モスクワーベルリン間は3泊しかないため、せっかくの11連休をなんとかして埋める必要がある。

そうだ、残りの日程も鉄道で埋めよう。


そうして路線図と睨めっこをしながら、旅程を検討した。誰得情報の羅列にはなるが、どのように旅程を決めたかを書いておく。断っておくが、以下、謙遜でなく誰の得にもならない俺得情報である。

 

 

 

美しき赤き旅程

まず、最初は以下の旅程を考えた。


・成田から特典航空券でインド、ニューデリー

アエロフロートで、モスクワ経由、サンクトペテルブルク

サンクトペテルブルクから寝台列車「赤い矢」号でモスクワ

・モスクワから寝台列車ポロネーズ」号でベラルーシを経由してワルシャワ

・ベルリンワルシャワエクスプレスでベルリン

・ベルリンから高速鉄道「ICE」でケルンまで

・ケルンから赤い高速鉄道「タリス」でパリまで

・パリからモスクワ経由、アエロフロートで成田


すなわち、「赤い矢」号を鏑矢とし、鉄道でヨーロッパ亜大陸を花の都パリまで横断、赤いタリスで旅を閉じる、赤い鉄道旅である。美しい。

 

ちなみに、最初に無駄にインドに寄るのは、GWへの対策である。ヨーロッパまでのチケットはそれでなくても高いが、出発を祝日の異なるインド発にすることで、GWでもオフシーズン価格のチケットが手に入るのだ。そして、インドまでの特典航空券をビジネスクラスで取ることで、優先レーンが使用でき、成田空港の混雑にも煩わされることはない。

 

 

これもまた美しき旅程

しかし、色々と調べるうち、ロシアーベラルーシ国境を陸路で渡ることを避けるよう、ベラルーシ大使館から通達が出されていたことがわかった。

リンクの一部を引用すると、以下の通り。

ベラルーシとロシアは連合国家として出入国管理を統一しており(中略)現在ロシア・ベラルーシ間に陸路での国境通過地点がないため,飛行機を利用することをお勧めします(邦人が陸路で越境できなかった,とのトラブルも発生しております)。

 

また、越境できないだけで済めば良いが、うっかり越境できてしまった場合、外務省によると、以下のような恐ろしい事態に発展する恐れがある。

サンクトペテルブルクからキエフに向かっていた日本人が知らぬ間にベラルーシを無査証で通過していたため,約20日間拘束された例があります。

 

行ってみたらイケた、という情報もあったが、あまりにリスクが高すぎる。仕方なく、美しき赤き旅程を泣く泣く破り捨て、別の美しいルートをとることにした。(灰色字は変更のない部分、赤色字は変更点)


・成田から特典航空券でインド、ニューデリー

アエロフロートで、モスクワ経由、サンクトペテルブルク

サンクトペテルブルクから高速列車「アレグロ」号でヘルシンキ

ヘルシンキからフェリーでストックホルム

ストックホルムから「渡り鳥」ラインでドイツ側リューベックまで

リューベックから鉄道を乗り継いでベルリンまで

・ベルリンから高速鉄道「ICE」でケルンまで

・ケルンから赤い高速鉄道「タリス」でパリまで

・パリからモスクワ経由、アエロフロートで成田


この旅程のポイントは、渡り鳥ラインである。この電車は、電車ごと船に乗り、バルト海をドイツまで渡るのだ。なんだそれ!エロすぎるだろ!

 

 

力技の旅程

しかし、「渡り鳥」ラインのオンライン予約がいつまで待ってもオープンにならない。

痺れを切らした我々は、このそこそこ美しいルートも殴り捨て、以下の少し力技のルートをとることにした。


・成田から特典航空券でインド、ニューデリー

アエロフロートで、モスクワ経由、サンクトペテルブルク

サンクトペテルブルクから高速列車「アレグロ」号でヘルシンキ

ヘルシンキから、ブリティッシュ・エアウェイズでロンドン

・ロンドンから、ユーロスターアムステルダム

アムステルダムから、ICでベルリンまで。

・ベルリンから高速鉄道「ICE」でケルンまで

・ケルンから赤い高速鉄道「タリス」でパリまで

・パリからモスクワ経由、アエロフロートで成田


ヘルシンキから飛行機、というチート技を使っているのが正直美しくない。飛行機が使えるなら何だってできるやんけ。

しかし、昔からユーロスターにも乗ってみたかったし、そういえばBrexit直後の大英帝国にも挨拶しなければならないし(計画当時は確か4月12日にEU離脱予定だった)、美しくはないが一度で色々事足りるルートではある。

そんなわけで、我々はこの力技ルートで新しい年号を祝うことにした。

 

なお、正直に言えば、これらの検討を行ったのは、全て夫である。

私は「ふん、いいね」とか「ちょっとヤダ」などテキトーなことを言いながら、ダメ人間パンなどを頬張っていたに過ぎない。

まあ良いや。 腹減ってたんだよ。

 

 

さて、実際の旅程は?

いやもう、本当に全然計画通りに進まなかった。乗る交通機関の約半分でトラブルがあった。こんなの初めて。やれやれだぜ!

灰色字は順調に進んだ部分、赤色字は計画通り進まなかった部分)


・成田から特典航空券でインド、ニューデリー

アエロフロートで、モスクワ経由、サンクトペテルブルク

→例のパキスタン上空封鎖により、かなり遠回りしてモスクワへ。

サンクトペテルブルクから高速列車「アレグロ」号でヘルシンキ

ヘルシンキからブリテッシュエアウェイズでロンドンまで

・ロンドンからユーロスターアムステルダムまで

→電気系統の故障により速度低下、ロッテルダムで立ち往生。コレはアカンとの判断により、ICに乗り換え。

アムステルダムから鉄道でベルリンまで

・ベルリンから高速鉄道「ICE」でケルンまで

→トラブルがあったらしく、機種変更。ICEでなくIC、しかも古いボロボロの機種になり、到着時間もやや遅延。

・ケルンから赤い高速鉄道「タリス」でパリまで。

→我々の席のコンセントが故障中。加えて、隣の席にDQN日本人。

・パリからモスクワ経由、アエロフロートで成田

アエロフロート、スホイ機のシェレメチェボ国際空港での事故により、欠航。翌日のエールフランス直行便に振り替え。(亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。)

 

さらに、帰りにシャルル・ド・ゴール国際空港でTax refundの手続きをしていたら、窓口の端末が故障。我々から何か変な電波でも出ているのではないか、と疑いたくなるレベルである。

 

続く。