日日是女子日

細かすぎて役に立たない旅行ガイド

江田島、呉(広島旅行3日目)

だいぶ間があいてしまったが、広島編の続き。

 


3日目はフェリーに乗って江田島海上自衛隊 第一術科学校、次いで呉の大和ミュージアム海上自衛隊呉史料館(通称「てつのくじら館」)というネイビー色の濃いルートである。

泊まったホテルにはフェリー乗り場が隣接しており、さらにフロント横の観光案内所で広島ー江田島ー呉のフェリーチケット「くれ・やまと連絡切符」が購入可能で、至れり尽くせりとはまさにこのことだ。

 

宮島行きのフェリー乗り場には長蛇の列ができていたが、江田島行きは我々のみであった。出発5分前でもフェリーが到着せず、不安になっているとフェリーが猛スピードで滑り込んできた。フェリーとは言っても、ちょっとした漁船のような大きさである。一瞬にして舫われ、渡し板がかけられる。イソイソ乗り込み、席につこうとした瞬間、ブルン!とエンジンをふかして出港した。10分はかかるだろう、という我々の予想を見事に裏切る定時出発、恐るべき早技であった。いやはや、慣れていらっしゃる。

 

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船窓より。海に天使の梯子がかかっている。

 

 

第一術科学校
江田島の小用港から術科学校までは市営バス「術科学校前」で下車する。(ちなみにこのバス停から結構歩かされる。全くもって術科学校前ではないのだが、そんな甘ったれたことは言ってはいけない雰囲気である。)

学校正門で受付を済ませ、控室まで歩くのだが、身分証の提出もなければ見張りがいるわけでもなく、意外な気安さである。まあ言うて学校だから狙う人もいないのか、悪者が入り込んだところで屈強な男達が抑え込めるという自信の現れなのか、案外カジュアルな感じが若干期待外れである。

控室は「江田島クラブ」という建物のロビーで、マニア垂涎の限定海自グッズや制服などが高校の購買部のような雰囲気で売られている。ロビー中央のTVでは海自の紹介ビデオが流れており、それが大変に面白かったので後で海自のサイトやYouTubeでも探したのだが、どうにも見つからなかった。海自きっての屈強な男たちがロープと空気ボンベを担いで梯子を駆け上り(驚くことに、手を使わず足だけで梯子を登っていた)、救難機US-2に乗り込んだりする動画だ。動ける筋肉は目の保養である。

 

しばらく控室で待っていると、60歳過ぎたくらいの元気な男性ガイドが登場し、いよいよツアー開始である。案内を聞きながら、石造の大講堂や、イギリス製のレンガを使った幹部候補生学校を見て回る。ガイドは屋外でもよく通る声の持ち主で、話もうまく、それなりに長時間にも関わらず全く飽きなかった。姿勢が良く、力強い身のこなしから、退官した自衛官ではないかと思う。

 

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大講堂。総工費当時40万円。現代の価値に直すと10億円以上だろうか。


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海軍兵学校、現幹部候補生学校。横幅144メートル、当時の軍艦と同じ大きさとのこと。


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幹部候補生学校の目の前には、海の波を模した砂利が。

 

最後は教育参考館へ。大日本帝国海軍の貴重な資料が多数展示されており、英霊に敬意を表して脱帽必須、写真撮影およびポケモンGoは禁止である。教科書やWikipediaで見たことのある資料がモリモリ、見たことがない資料もモリモリ(勝海舟坂本龍馬が一緒に写ってる写真とか)、何時間もかけてじっくり見たいところだが、45分しか時間がない。「もっと見たければまた来てくださいね!」とのこと。個人的には、太平洋戦争関連の展示方針が平和記念館と真逆であるのが興味深かった。あと階級に対して秋山真之の扱いが大きい。

ちなみに、有名な軍歌「同期の桜」に歌われた桜も敷地内にあるらしいのだが、残念ながら工事中で見られなかった。

 

見学後、小用港までテクテク歩き、フェリーで今度は呉に向かった。

 

田舎洋食いせ屋

呉に着いたらまず腹ごしらえ。腹が減っては戦もできないし、戦関連の博物館も楽しめない。

我々のお目当ては呉の老舗洋食屋いせ屋」。創業者が軍艦のコック長だったとか。呉っぽいではないか。

なもの味は悪くないのだが、塩味がキツいのは好みが分かれるであろう。おやじさんはお年を召されており、年と共に味付けが塩辛くなっていった祖母を思い出した。


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肉じゃが


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ハヤシライス。

 

 

大和ミュージアム

腹も膨れたところで、大和ミュージアムへ。

戦艦大和の1/10復元モデルがあったり、零戦があったり、ミリオタの皆さんが涎垂らして喜びそうな博物館である。ほー、と思いつつ、若干この類はお腹いっぱいだったので、サラサラと通り抜けた。

 

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戦艦大和の復元モデル。


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零戦。塗料が分厚いのが本物臭い。いや本物なんだけど。

 

 

てつのくじら館

既に海自関連に飽きていたのだが、大和ミュージアムの向かいにあり、入場も無料なので、ついでに入館してみた。そんなノリなので、つまらなくても何の文句もなかったのだが、これが予想外に面白かった。

「くじら」という名を冠するだけあって、展示は潜水艦と掃海に特化している(知らんけど)。世界屈指の技術を誇る海自の掃海は、戦後、日本近海に残存した日本海軍および連合軍の機雷を処分する中で培われたらしい。様々な資源を外国からの海上輸送に頼っている我が国では、今後も掃海部隊の重要性はますます高まっていくのである(知ったかぶり)。

 

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掃海に使用する可愛いフロート。こんなに可愛くする必要あるのか?

 

 

 

さて、広島市街、江田島、呉とたっぷり満喫した広島旅行も終わりの時間である。高速バスで広島空港に向かった。途中渋滞していたこともあり、1時間以上かかってしまった。

広島空港のカードラウンジは、日本酒の無料試飲があったり、もみじまんじゅうが貰えたり、素敵であるが、次に広島に行く時は絶対新幹線にしようと誓った。

広島空港、立地悪すぎである。

広島

リヨン旅行記の途中だが、この前行った広島がとても良かったので、その模様をお送りする。

 

今年の2月11日、建国記念の日は火曜日であり、月曜に休みを取れば4連休である。年が明ける前から、これは是非とも休みを取ってどこかに行きたいと計画を練っていた。年末にフランスに行ったばかりなのでなんとなく中国や台湾といった近場の海外か、国内旅行が良いような気はしたが、今ひとつ決め手に欠ける。
どこかに行きたい、といえばJALの「どこでもマイル」である。通常の半分のマイルで、自動で選ばれる4つの候補地のうち「どこかに」行けるという、行き先を決めきれない我々にピッタリのシステムである。JALのページを見てみると、徳島、高松、鹿児島、広島のどこかであった。徳島にある日本三大秘湯のひとつ「祖谷温泉」に行ってみたかったし、うどん県でうどん食べ歩きも素敵だし、指宿で埋まってみたいし、ああ広島ね、路面電車のある街は好きだし、最近お気に入りの富久長は広島だし、個人的には車はマツダ、野球は広島、お好み焼きは圧倒的に広島の方が好きだわ私。ということで、どこになっても楽しそうなので申し込んでみたところ、まんまと広島行きが決まったのである。広島は過去にもう2回くらい行ってるし、正直気分は鹿児島だったのだが、『この世界の片隅に』は名作だし、『ズッコケ3人組』で育ったし、定期的に平和資料館に行って平和への願いを新たにしなくてはならないし、広島になるべくしてなった気がしてくる。
それにしても、本当にあと少し何かが違っていれば、中国旅行にするところであった。新型コロナウイルスで亡くなられた方々のご冥福を祈ると共に、早く事態が収拾することを心から願う。
 


 

1日目、広島に飛ぶ。
さて、前置きが長くなった。広島旅行である。
ゆるゆると家を出て、13時20分羽田発のJA 261便に乗り込んだ。1時間ちょっとのフライトでやや不便な場所にある広島空港に着陸した。と、思ったら、あっという間に駐機場に着き、これまたあっという間にドアが開いた。地方空港は羽田ほど混雑していないとはいえ、他の空港では流石にもう少し時間がかかる気がするが、どうだろうか。
 
 平和通行きの高速バスに乗り、予約しておいたオリエンタルホテルの前で下車。荷物を置いて散歩がてら夕食に出かけた。
 

 

夕食(野趣 拓)

向かったのはネットの住人からも高評価の野趣 拓である。

広電の土橋駅から歩いてすぐ、上品な店構えが見えてくる。引き戸を開けると、感じの良い店員さんがカウンターに通してくれた。店主も若くて気さくな感じで居心地が良い。

出てくる料理は全て繊細でセンスに溢れていた。8,000円のコースを注文したのだが、都内では絶対にこの値段では食べられない。きっと一品一品、すごい考え抜かれているんじゃないかな。

 

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かけつけいっぱい、「山眠る」を常温で。華やかでフルーティ。我々女子供の好きな酒。

一緒に出してくれる水のグラスが薄張りなのがまた良し。


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タコと菜の花のからしあえ。上の植物はノカンゾウ。タコが新鮮。


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吸い流し。日置桜の熟成粕がこっくりとしていて、自家製ベーコンがちょっと洋風で、塩味が上品。具はゴボウと金時人参。ゴボウが太くて芋っぽい食感。上に載っているのはケールをパリパリに焼いたもので、美味い、もう一杯!という感じ。


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日置桜の訳あり全米酒。渋い味。


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ワカメの佃煮。お刺身をつけて食べて、と出されたが、これだけでも良い肴になった。


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お造り、天然鯛と〆さば。上のワカメの佃煮と鯛がとても良く合い、マリアージュってこういうことよね、と。〆さばは表面をゆるく〆ており、生っぽい。好みである。


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地御前の牡蠣フライ。ネギポン酢と一緒にいただく。実は私、牡蠣は苦手である。生臭くてドロッとしてて、死んだ気持ち悪い生き物の味がするのだ。

が、ペロリと平らげてしまった。ぴんっと新鮮で、生臭みもなく、プリプリとして美味しい生き物の味がした。これが地御前の牡蠣・・・!

ちなみに、添えてある白菜も山椒が効いて美味。

 

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神雷の何だったかな・・・この辺りで酔っぱらい始めた。


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コノワタ南禅寺蒸し。店で作った汲み上げ湯葉がアッツアツのトロトロ。湯葉コノワタの生臭みがうまく丸められていた。


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そろそろ広島の酒が飲みたいということで、竹鶴の純米酒、おにぎりの辛口純米。竹鶴はウイスキーのようなボリュームのある麹臭い酒で好きな人には本当にたまらない味である(私は大好き)。おにぎりも料理に合う感じではあるが、正直竹鶴のインパクトの前ではやや霞む。


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安芸高田市の山で取れたイノシシ、味は塩麹。実はイノシシもあまり好きでなく、豚をさらに獣臭くした感じがオエーとなるのだが、このイノシシは全く臭くなかった。塩麹が良い働きをしたのかもしれないが、柔らかくて良い肉質であった。


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昆布の佃煮と大根。昆布にこれまた山椒が効いていておいしい。


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穴子、ゴボウと金時人参のごはん。ゆずの香りが楽しい。上の昆布の佃煮と合うこと合うこと。山椒と柚子って相性良いんだな。

写真はないが、味噌汁は揚げとフノリ。フノリはフワフワした食感で、今まで食べていたフノリとは全然違う。店主曰く、東日本とは種類が違うのかも?とのこと。


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豆乳と白味噌の無名のデザート。「プリンでもないし、ババロワ?え?ババロワて!」みたいな感じで名前がないまま3年くらい出しているらしい。甘酒っぽいような、ちょっとミルキーな感じもあるような、説明が難しいのだがメチャクチャ美味い。美味い美味い騒いでいたら、店主がレシピを教えてくれた。作り方から考えてもババロワではないか。

一緒に出されたお茶が、ハーブティーのようなほっとする味で、聞けばハブ草茶とのこと。ハトムギ、玄米、月見草〜♪どくだみ、ハブ茶、プーアール♪のハブ茶である。

 

すっかり酔っぱらい、良い気持ちで店を出た。広島に行く時は、また必ず寄りたい店である。

 

 

夜食(八紘)

さて、心はすっかり満たされたのだが、腹には余裕がある。せっかく広島に来ているのだから、シメにお好み焼きを食べるべきであろう。

広電駅からホテルの帰りにある「八紘」で豚肉、イカ天、卵のお好み焼きを注文した。

 

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茹でた麺を鉄板に広げてカリッカリに水分を飛ばすのが特徴的。麺のモチモチ感が全くなくなるので、飲んだ後のシメに最高である。ソースも少なめでちょうど良い塩梅。この後ケーキくらいなら食べられそうな軽さである。

 

 

デザート(recolter)

お好み焼きも食べてホテルに帰る途中、深夜にも関わらず営業しているケーキ屋を発見した。いそいそとティラミスを購入し、ホテルに持ち帰った。

 

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ちなみに味はすごい普通。

 

 

2日目、原爆ドームで平和について考える。

前日にけっこう日本酒を飲んだので、チェックアウト時間ギリギリまでダラダラした。

 

ランチの店に向かう道すがら、食器屋に寄り道して鳥獣戯画の徳利とお猪口をゲット。広島で買う必然性のないものだが、一目惚れしてしまったのだ。

 

ランチ(アテスエ)

予約で満席、隠れ家的な人気店である。

シェフ1人サービス時々アシスタント1人の2人体制で16席の店内を悠々と回しており、放っておくだけの料理が多いのだが、野菜の使い方が洒落ていてとても華やか。極限まで省力化・最適化された仕事ぶりが見ていて楽しい。

 

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右下から時計周りにフォアグラのフラン、ホタルイカのオムレツ、ワカサギのフリット


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カリフラワーのポタージュ。上にかかっているデュカというエジプトのスパイスがアクセントになっている。ずっとコンロ上に放置されていただけあって熱々。ややインドの香り。どんぶりいっぱい食べたい。


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岩国のブランド鰆、菜の花と雑穀のリゾット。ブランドというだけあって鰆が美味しい。リゾットは見ていて不安になるレベルで放置されていたにも関わらず火の通り具合が絶妙で、熟練の技が光る。


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前日のイノシシに続き、この日は安芸高田市の鹿。柔らかくて全く臭くない。こんなに美味しい鹿肉は食べたことがない。こちらもかなり放置されていたにも関わらず火の通り具合が絶妙(以下略)

醤油甘いソースが餅に合いそう。


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マスカルポーネのムースとデコポンのシャーベット。シャーベットにも刺さっているココナッツ味の謎煎餅が謎に美味い。ANZACクッキーのような感じ。


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紅茶。添えられたクマのクッキーが!アーモンドを抱えてる!か!わ!い!い!!

 

 

平和資料館と原爆ドーム

さて、広島に来たからには絶対に外せない。広島に来ておいてここに寄らないなど、非国民と罵られても文句は言えまい。

私は20年前に一度来たことがあったのだが、最近全面リニューアルされたらしく、印象が大きく違う。展示品自体には見覚えがあったが、より臨場感があり、淡々と事実を語るような展示方法に変わっていた。しかし、それがかえって心を抉られた。

さらに「被爆者」という一様なレッテルではなく、それぞれ1人1人のエピソードの紹介にかなりスペースを割いているのは以前と大きく違うところだろう。月並な表現だが、それまで私たちと同じように生きていた人たちが突然人生を奪われたという事実が押し迫って来てつらい。どうしたって自分や家族、友人に置き換えて考えてしまう。英語の解説もひとつひとつ丁寧に付けられており、読んで涙ぐむ外国の方も散見された。まともな感覚を持っていれば、ここに来ればどこの国の人であろうと同じ気持ちになるに違いない。

 

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原爆ドーム。改めて人類の貴重な遺産である。合掌。

 

 

酒商山田、山カフェ

さて、平和な時代に生きる我々は、その幸せを噛みしめながら呑気に酒を飲むのだ。

八丁堀にある百貨店、福屋の斜向かいにあるタダモノでなく良い感じの酒屋、それが酒商山田(八丁堀店)である。八丁堀店には試飲スペース「山カフェ」が併設されており、美味しいお酒をいただける。ひとつ500円で半合くらい、別に安くはないのだが、なぜ有料試飲というものはこんなにも心ときめくのだろう。それにしても、やはり広島のお酒は美味しい。

 

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一代弥山のm、賀茂金秀のSUITOH。

 

山カフェを出たその足で、翌日の朝食をゲットすべく「ワイルドマンベーグル」に向かうも、品切れのため閉店していた。さすが人気店。

 

 

夕食(かんらん車)

夜ごはんはお好み焼きである。有名店「かんらん車」で、焼いている途中でキャベツ部分のみを抜き出してひっくり返すことを特徴としている。読んでも何を言っているか全然わからないと思うが、店主のコテ捌きがすごすぎて、見ていてもよくわからない。店主の工夫の成果なのだろう、キャベツがぎゅっと甘かった。

この日、仕入れた食材よりも客が多く入ったらしく、我々が食べた時は本当に品切れギリギリであった。ベーグルは買えなかったが、ここの美味しいお好み焼きが食べられたのでヨシとする。

 

続く。

 

 

おまけ

かんらん車に向かう途中、どうしても我慢ができず、川沿いの公衆トイレをお借りした。お世辞にも綺麗とは言えない普通のトイレだったが、なんとこの公衆トイレ、被爆建物らしい。

正確には本川公衆便所といい、Wikipedia先生によれば、

現存する被爆建物の一つであり、便所としては唯一これだけが被爆建物リスト入りしている。

とのことである。

 

資料館で見た被爆直後の広島に、急にリアルな広がりが加わって頭に入る。この中で被爆した方もいたかもしれない。あの悲惨なことが3度と起きないよう願ってやまない。(2度目は長崎で起きてしまった。)

 

続く。

 

再びフランスへ。美食という名の胃袋酷使の旅。

と、大そうなタイトルで始まったのだが、「リヨンと言えばポール・ボキューズ」みたいな面々に最初に断っておくと、そんな上等な店には一件も行っていない。せいぜい庶民の贅沢レベルである。(ついでに、このエントリでは機内食とラウンジ飯しか出てこない。)

 

ストの嵐吹き荒れるフランスへ

さて、ゴールデンウィークの旅行で色んな意味でフランスにノックアウトされ、また行きたいような、もう2度と行きたくないような複雑な感情を持つに至った我々だが、その半年後、フランスへの旅立つに至ったのは今思えば思考停止としか言いようがない。

そもそもの発端は、たまたま夫が静岡発パリ行き(ただし上海経由)の安いチケットを発見したことに由来する。ハイシーズンにも関わらず1人往復7万円(税金、サーチャージ込)。恐ろしく安い。例え静岡に住んでいなくとも、我が家の家訓「安いは正義」で言えばコレは正義も正義、大正義巨人軍である。

よく考えると静岡空港発というのもなかなか便利そうである。静岡空港までは車が便利なようだが、首都圏からは高速を使えばそれほど遠くもない。駐車場は何日停めてもタダである。年末年始の混雑の中、羽田なり成田まで重い荷物を引き摺って行くよりは、家の前から車で出た方が楽なのではないか。

年末年始にとりあえず海外に行きたいだけの我々は、行きの手段だけでフランス行きを決めた。

そういえばパリはこの前行ったし、メインはリヨンにするか。深く考えず、サクサクと以下の旅程に決まった。

12月27日 飛行機(富士山静岡空港ー上海浦東空港、中国東方航空

12月27日 飛行機(上海浦東空港ーパリCDG、エールフランス

12月28日 高速鉄道(パリーリヨン、TGV

     ※リヨン4泊

1月1日  高速鉄道(リヨンーパリ、TGV

     ※パリ1泊

1月2-3日 飛行機(パリCDGー上海浦東空港、エールフランス

     ※上海1泊

1月4日  帰国     

 

これが旅行の約3ヵ月前である。

 

それなりに楽しみに待っていたところ、年末も差し迫った12月、マクロン大統領の年金制度改革に反対するストライキがフランス国鉄中心に始まった。ちなみに、我々がパリーリヨン間で乗車予定のTGVはフランス国鉄SNCF)の新幹線である。

出発日が近づいてもストの嵐は止む気配はなく、インド旅行直前の印パ関係悪化韓国旅行直前の日韓関係悪化に続き、3回連続でニュースの現場にコンニチワする旅となってしまった。不謹慎だが多少楽しみでもある。

 

 

富士山を背に日本を発つ

さて、そうして訪れた12月27日、旅行の幕は切って落とされたのである(大袈裟)。

この日は平日ということもあり、東名高速はガラガラで静岡空港まで富士山を眺めながらの快適なドライブを楽しんだ。何しろ休日ドライバーと「わ」ナンバーがいない。ペーパードライバーの謎の動きに混乱させられることもなく、車間の意思疎通がスムーズである。まあ、スタート地点にも立っていないこの段階では、これくらい順調に進んでくれなきゃ困る。

 

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目の前には雪の富士山。地吹雪がここからも見え、すげえ寒そう。

 

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いい天気。空港周辺は一本道でわかりやすい。

 

さて、静岡空港は正式には「富士山静岡空港」という。山梨県民がどう思っているのか気になるところだが、まあ良い。静岡名産品がたくさん売っていたり、カードラウンジでお茶が飲み放題だったり、空港というよりパーキングエリアのような雰囲気が漂う。


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カードラウンジのお茶。当然静岡茶かと思いきや、産地が書いていない。Webページにも「茶処静岡らしい豊富なお茶」としか書いてないので色々お察し。


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富士山をバックに東方航空を眺む。

 

この後、紆余曲折すったもんだはあったが、なんとか無事に離陸した。本題ではないので詳細は省くが、静岡発で安いチケットが手に入るなら、また使っても良い(上から)。

 

 

上海で汗をかき、尻を洗う。

我らが中国東方航空便のエアバス321機は、上海浦東空港にコツン、と着陸した。イメージに反するソフトランディングである。

上海で乗り換え、我々はパリに向かうのだ。

しかし、その前に浦東空港でやらなければならないミッションが2つあった。ラウンジでシャワーを浴びることと、そして上海ーパリ便で通路側の座席を確保することである。パリまでのフライト時間は長いため、どちらも超重要である。

座席に関しては、我々は東方航空経由でエールフランスの激安チケットを購入していたため、Web上で座席予約が出来なかった。そのためか、3人並びの窓側席と中央席という、長距離便では絶対に避けたい座席が選ばれてしまっていたのだ。日本のチェックインカウンターでは「システム上、座席変更ができません」と言われてしまった。

座席変更は制限区域外のエールフランスのカウンターに行く必要があり、わざわざ中国国内に入国する必要があった。このあたりの経緯は長くなるので後述するが、とにかくカウンターで美人スタッフに掛け合って、無事通路側座席を2つゲットした。美人スタッフは長い睫毛を揺らしながらラウンジへのインビテーションも書いてくれた(プライオリティ資格を持っているので)。

そうして再び出国した。うろつき回って汗だくである。

とりあえず、ラウンジでシャワーを浴びなければ。

 

浦東空港のビジネスラウンジは、JALエールフランスだけ別になっている。恐らく口うるさい日本人客と面倒臭いフランス人客をまとめて面倒見てしまおうという魂胆ではないかと思われる。(やれスタッフが無愛想だの、やれ便所が汚いだの、自分も含め日本人の要求はやたらうるさいとオモイマスヨ。)

髪の毛一つ落ちていない清潔なシャワーで尻を洗い、そこそこ美味しいラウンジ飯を摂取し、オヤツにペンギンちゃんのマシュマロをいただいているうちに時間となった。

 

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ラウンジのシャワールーム。さすがにまともなクオリティ。タオルも清潔。

 

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ラウンジ飯。まあ悪くない。やたらとタピオカ入りココナッツミルクを猛プッシュされたが、味は別に普通である。

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ペンギンちゃんのマシュマロ。


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突然スタッフが配り始めた冷凍ピザ。アメリカ系航空会社の客もいないのに、すごいホスピタリティである。

 

さて、我々が乗るのは2階建てのレア飛行機、エアバス380である(座席は1階部分だけどな)。ボーディングブリッジから見ると、窓が2列に並んでいて盛り上がる。

が、乗ってしまえば普通のジャンボジェット機である。

エールフランスは2度目である。機内食は普通に美味しいのだが、朝食が甘党仕様である。「パン2種、フレンチトースト(甘い)、フルーツ(甘酸っぱい)、ヨーグルト(甘い)、オレンジジュース(甘い)、ホットチョコレート(甘い)」と、パン意外全部甘いラインナップである。ちなみに、もちろんジャムもついてくるので、やりようによっては全て甘いものにもできてしまう。逃げ場がない!

 

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機内食その1、夜食。コールスロー、パスタ、チーズ、ココナッツムース、普通に美味しい。


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機内食その2、朝食。甘党なので実はけっこう好きな感じである!

 

座席を通路側に変更できたおかげで、機内はかなり快適に過ごせた。珍しく熟睡でき、あっという間にパリに着いた。

 

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 CDGのあの有名なグルグルターミナル。

 

シャルルドゴール空港からリヨン駅(パリにあるけどリヨン駅)まではバスである。車内には日本人が多くおり「あー、風呂入りてぇ。」などと日本語が聞こえてきた。我々は上海で既に尻を洗っており、優越感に浸りかけたが、瞬間、我々が単に無駄に遠回りしているだけであることに気づいた。日本からの直行便に乗った人たちと最後に風呂に入ってからの経過時間にはそれほど差がない。優越感も何も彼らの尻と我らの尻は同程度の汚さである。

 

リヨン駅の前では、ところどころにマイクを持ったレポーターがいた。朝のニュースでストの様子を伝えようというのか。ニュースで見たフランスに自分がいると思うと、これから鉄道に乗ることも忘れてワクワクした。

 

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早朝のリヨン駅。リヨンに向かう高速鉄道が発着する。

 

駅中のピエール・エルメでいそいそとショコラショー(ホットチョコレート)を買い、ベンチに座って電車を待った。駅のホールにはピアノが置いてあり、薄汚れたバックパッカーがやたらと上手く「パイレーツ・オブ・カリビアン」のテーマを弾いていた。せっかくなのだから、もう少しパリっぽい曲を弾けば良いのにと思うが、そういえばパリっぽい曲って何だろう。「パリは燃えているか」など弾かれてもシリアス過ぎるだろうか。

 

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ピエール・エルメのショコラショー。人によっては粉っぽく感じるかもしれないが、個人的には濃厚で超うまい。おかわり希望。

 

運良く、我々のTGVはストの影響もなく時間通りに発車した。

さぁ、いよいよ美食の都、リヨンである。(タイトル負け甚だしい終わり方)

 

続く。

 

 

※上海浦東空港での紆余曲折(別に大して興味もないだろうが、一応下に書いておく。)

ボーディングブリッジを降り、東方航空の乗り換えカウンターに着いた。既に深夜のため10人ほど立てそうな幅のカウンターにスタッフは1人しかいない。前にいたスタッフに座席を変更したいと言うと、とりあえず並べと言われた。順番待ちの行列は長かったが「スカイプライオリティ」資格を大いに活用し、グイグイ進んでくる中国人を押し除けてカウンターにたどり着いた。

「席を変えてほしいんですけど」と静岡で発券したチケットを見せると、グランドスタッフは不機嫌そうに「ここは東方航空のカウンターよ!エールフランス便の席なんて知らないわ!(意訳)」と言い終わるや否や「ネクスト!!」と言い放った。惚れ惚れする仕事のスピード感(皮肉)。東方航空とのコードシェア便であっても、エールフランス機材の座席は変更できないということらしい。席を変えるにはエールフランスのカウンターに行かなければならないようだ。

しかし、周りを見渡してもそれらしきものはない。離れたところに立っていた空港スタッフに聞くと「エールフランスのカウンターは、エスカレーターを降りてターミナル1に行って!」などと言う。エスカレーターを降りた先がターミナル1かと思って行ってみると、ターミナル間移動の無料地下鉄(何ていう名前なんだろう)のプラットフォームだった。これまで何度も浦東空港を使ったが、こんなものに乗った記憶はない。設備もどことなく真新しく、拡張された離れ小島だろうか、と思うも空港全体の案内図もなく、浦東空港のホームページにもなく、結局最後までよくわからなかった。

 

ターミナル1に来てはみたものの、あるのは東方航空のカウンターだけで、エール・フランスのカウンターなどどこにもない。空港スタッフに聞けば、エールフランスカウンターは一度入国しなければならないらしい(この段階ではまだ中国国内には入国していなかった)。確かに、浦東空港では外国の航空会社の乗客は入国せずに乗り換えられない仕組みになっており、考えてみれば制限区域内にカウンターなどあるはずがないのだ。

まだ時間もあるため、入国してみることにした。入国して、エールフランスのカウンターに行って、それでも通路側座席に変更できないと言われれば、フライト中窮屈でも諦めがつく。

入国審査では、私の指紋を読み取ると同時に端末がフリーズし、普通なら30秒で終わる審査に5分以上かかった。ふふふ、私の指紋にはウイルス・コードが組み込まれている。私は日本から送り込まれた人間サイバーテロ装置なのである。(もちろん嘘)

 

無事、入国審査を通過した後、パリまでスルーチェックインではあるものの、バゲッジクレームで荷物が出てこないことを念のため確認した。以前、浦東空港の乗り換えでスルーのはずが、我々の荷物が何故かバゲッジクレームの床に置かれていたことがあったのだ。

バゲッジクレームにはデジタル掲示板が設置されており、画面にはなぜかWindows XPのあの草原の写真が映し出されていた。XPは大昔にサポートが切れており、浦東空港のセキュリティ管理に不安を禁じ得ない。いや、アップデートしろよ。(まさか入国審査の端末にもXPを使っていたりしないだろうな?)

 

エールフランスのカウンターに着いてみると、まだオープン15分前であった。並んで待っていると、向こうにデビアスの広告が見えた。そういえば、バブル期はよく「ダイヤモンドは永遠の輝き」とかいうCMが流れていただが、長いこと見ていない。

 

そうして無事に通路側座席を確保したのである。こうして書いてみると大したことがないように見えるが、浦東空港は広いので地味に大変である。私グッジョブ。

 

旅の終着地、パリ編

2019年5月4日、パリへ。

タリスでケルンを後にした我々は、ドイツのあまりの居心地の良さにより、すっかり旅を舐めきっていた。

「やっぱり最初にインドとかロシアに行っちゃうとさぁ、先進ヨーロッパ諸国はパンチがないよねー。」などとわかったようなことを言い合い、おフランスなどもはや消化試合くらいの勢いである。

 

そうして緊張感の抜けきった我々を乗せて、赤い高速列車はヌルリとパリ北駅に停車した。

電車を降り、やれやれ隣のDQN同胞ともおさらばだぜ、などと呑気に考えながらプラットフォームに降り立つと、何やら地面が汚い。何かのシミやら吸殻などで不潔なのである。チリ一つなかったドイツとは大違い。

嫌な予感を抑えつつ地下鉄駅に向かった我々は、そこで「どこのヨハネスブルクか」と思わんばかりの治安の悪さに驚愕した。無論、事前に北駅周辺の治安が悪いことは調べてはいたのだが、何しろ完全に油断していたのである。

とにかく人々の柄が悪い。

タダ乗りするために、自動改札で前の人にピッタリとついて通り抜けようとする輩や、それどころか堂々と自動改札を飛び越える輩までいる。

このような犯罪ともつかないような軽犯罪は氷山の一角に違いなく、確実に、もっと悪いことをしている輩もウジャウジャいるはずだ。ゴキブリは、1匹見かけたら30匹は隠れているのだ。

スーツケースを引き、券売機を探して辺りを見渡す我々はいかにも旅行者然としており、肉食獣が闊歩するサバンナに放たれた家畜のようなものである。動揺を抑えつつ券売機で10枚綴りの回数券を購入し、後方に警戒しながら自動改札を通り抜けた。

 

プラットフォームは地下にある。そのため、地下鉄に乗るには地下に降りなければならないのだが、正直、階段の前で「イヤだ、降りたくない」と思った。階段は不潔で、降りた先も薄暗く、ヤバそうな気配がする。

実際プラットフォームに降りると、そこにいたヤバそうな白人たち、おっかない黒人たちが皆さりげなくこちらを見た(気がした)のでギョッとした。我々のような呑気な黄色人種は1人もいない。

なんでこんなところに来ちゃったかな。居心地の悪い気持ちを吹っ切るように地下鉄4号線に乗る。ふと向かいに立つ移民らしい男性が、こちらを値踏みする様に凝視しているのに気づいた。こちらが目を合わせてもそらさない。大丈夫、我々は貧乏臭い服を着ている。カモにはならないはずだ。

そのうち、急に宿周辺の治安が心配になってきた。北駅から地下鉄で1本で行けるモンパルナスに宿をとったのだ。ネットでは治安が良いとの評判だったが、地下鉄で16駅越えたくらいで変わるものだろうか。東横線は端から端まで行ったところでシャレオツラインであり、路線を変えない限り雰囲気など変わらないのではないか。

しかし、幸い数駅過ぎると急に乗客の様子が変わってきた。空気が緩み、なんとなくお上品な感じの人々が増えていく。まだ油断はできないが、ヤマは越えたらしい。女子1人旅で来てたら泣くところであった。

 

モンパルナス駅周辺は、無駄にたまろっている輩がいるわけでもなく、評判通り割と治安が良さそうである。歩道にはヒビが入り、吸殻などで散らかってはいるのだが。

宿はホテル・コンコルド・モンパルナス。空港行きのバス「Le Bus Direct」のバス停の目の前にある。

 

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ホテルのエレベーター前には縞々のペンちゃんが。

 

緊張して疲れたのか、腹が減ってきた。コスパ最高、とアタリをつけていたブイヨン・シャルティエへ。

ドアを開けると、身長2メートルほど、体重は100 キロを優に超えているであろう強面の紳士が颯爽とお出迎え。ガードマンも兼ねているのだろう。評判通りの人気で、店では既に数人が順番待ちしていた。列の後ろに並ぶようデカい紳士に指示され、転がっていた新聞を眺めつつ順番を待った(もちろん仏字新聞、もちろん読めない)。既に夜10時も近いのに我々の後からもどんどん人が入ってくる。パリっ子は宵っパリなのである(パリだけに!)

 

それほど待たずに華奢なギャルソンが我々を席に案内してくれた。狭い店内はかなり活気があり、パリッと制服を着こなした(パリだけに!)ギャルソンがキビキビと優雅に動き回る様は、正直これまで行ったどこの国にもなかった感じである。料理のサーブも早く、サービスが行き届いている。さすがは本場。さすがはパリ。

 

注文は、テーブルクロス代わりのザラ紙に書かれるシステムで、端末でポチポチやられるより色気がある。こういうのんで良いのだ。

 

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字が汚いのもソレっぽい。

 

注文したのは、夫は前菜にパテ・ド・カンパーニュ(写真なし)、メインにカモのコンフィ、デザートにババ。私は前菜にキャロット・ラペ、メインはステーキフリット(懲りずに肉と芋再び)、デザートはモンブランである。合わせるのはピノ・ノワールを使った一応フランス産の謎ワイン。値段なりにカジュアルな感じではあるが、どれも旨い。なんというか、その値段で可能な範囲で、ものすごくちゃんと作っている味である。美味しくないと商売できない土地で賑わっているだけのことはある。

すっかり満足してホテルに帰った。

 

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カモ。美味しかったそうです。


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ステーキフリット。ドイツと違い、肉が程よい大きさ!普通に美味。


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ババ 。要はラムを染み込ませたブリオッシュ。酔っ払いそうだが旨い。

 

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モンブラン。なんとマロンペーストにホイップクリームを載せただけという、硬派すぎるデザートである。

 

 

翌日は憧れのベルサイユへ。

朝食はカフェでクロワッサンとオレンジジュースを。クロワッサンはまあ旨いんだけど、最近このくらいなら日本でも食べられる味である。日本のパン職人の努力を思う。胸熱。

 

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クロワッサン。まあおいしいけども。

 

そうしてノンビリ朝食を食べていたら、うっかり乗るはずの電車を逃し、11時からの優先入場に30分ほど遅刻してしまった。

普通に並べば2時間はかかるところを待ち時間なしで入るために1人40ユーロも払っている。メールには「遅れたから無効」とも読める記載はあったが、ここはなんとかゴリ押さなくてはならない。もちろん遅れた我々が悪いことなど承知だが、例えば時間を守らないことで有名な某国の観光客など絶対に遅刻してるに違いなく、うまいこと次の回に紛れ込ませてくれるはず、という目論見もあった。

優先入場の窓口に行き、日本人的に「遅れてごめんなさい」と言いたくなるところをグッと堪え、「時間通り来ましたけど?」という顔でシレッとバウチャーを出す。窓口のオネエさんにフランス訛りの英語でごちゃごちゃ言われるも「?」という顔をした。断るのも面倒臭えなと思わせようという魂胆である。

すると、日本語を話せるお姉ちゃんがやってきて次の回に入れてくれると言う。「これが、ベルサイユ・シロとベルサイユ・ニワのニュウジョウケンです。11時45分にあそこの柱の前にいてください。」ベルサイユ宮殿と庭園ね、フムフム。

ここらで尿意が限界に近づいたので、隣のマックでトイレを借りる。もちろんタダでトイレを使わせてくれるような気前の良さはない。何か購入するとトイレのロック解除コードがもらえるのである。周辺には他にトイレはなく、ものすごく儲かりそうなシステムである。あまりの注文の多さに店員が全然追いついておらず、結局我々は購入したはずのカフェラテを受け取る前に集合時間が来てしまったので諦めた。まあトイレ代である。別に良い。

集合場所で待っていると、名簿を持った陽気な女子が現れ出欠を取り始めた。我々の名前を呼ばれた際、本当にウッカリと指揃えて手を挙げてしまったのはウッカリ極まりない愚行であった。

ズラリと並ぶ観光客を尻目に優先レーンから入場した。セキュリティチェックがあるので、優先レーンであっても30分ほどは待たされた。ベルサイユ恐るべし。

中に入ると音声ガイドを手渡され、後は完全自由行動である。絢爛豪華ではあるだが、既にエルミタージュで麻痺しているのでそれほどの感動はなかった。まあ、装飾や調度品はエルミタージュよりも洗練されて垢抜けてるのは確かである。たしかに金はかかっている。こりゃフランス革命も起きるわ。

仕方のないことではあるが、何しろ激混みなのが興醒めではある。とはいえ、かなり広いので入口から遠いトリアノンまで行けばかなり空いてくる。

庭園では、小銃を構えた軍人が数人グループでパトロールしており、中には女性も1人いた。いわば現代のオスカル様である。麗しい。

 

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鏡の間。シャンデリアを見ると「地震来たら危ないな」とつい思ってしまうワタクシである。


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教科書で見たナポレオンの戴冠式のアレ。思った以上に大きく、壁一面コレである。


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リシュリュー卿。三銃士の悪役で有名な。


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ベルサイユ・ニワ


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噴水には羽根を切られた飛ばない白鳥が。なんかソレっぽい。


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途中で腹が減ったのでパニーニを。

 

 

さて、ベルサイユを満喫した我々は、パリに戻って散歩である。

歩き疲れて入ったのは、マレ地区のブルゴーニュ料理屋、オ・ブルギニオン・ド・マレ(と読むのか)である。

夫は牡蠣、アンドゥイエット(豚の小腸にモツ類を詰めたもの)、ババ 、私はウフ・アン・ムーレット(赤ワインのソースを使ったポーチドエッグ)、ブッフ・ブルギニオン(牛肉のブルゴーニュ煮込み)、デザートにチョコレートシューを注文した。

前日の店よりもやや高価であり、味も洗練されていた。ここでもギャルソンの優雅さは健在である。昔のフランス旅行といえば、日本人はレストランで差別されて相手にされない等の話をよく聞いたものだが、全くそんなことはない。親切丁寧て非常に感じの良いサービスである。あれだけ移民が増えてくると、観光で来ている大人しい日本人になど構っている余裕がないのだろう。

 

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前菜の牡蠣。量が少なかったらしい。


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ウフ・アン・ムーレット。赤ワインの旨味が米に絶対合わない感じで美味。(もちろんパンに超合う)


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アンドゥイエット。ホルモン好きにはたまらないヤツ。


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ブルゴーニュ煮込み。見た目よりあっさりしており、優しい味。赤ワイン味が前菜と被ったが、注文する価値はあった。


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ババ 。盛り付けが洒落ている。

 

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シュー。チョコレートソースが激甘。本気で甘い。

 

お腹も心も満たされた我々は、腹ごなしにセーヌ川沿いを散歩した。景色が贅沢である。


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木造部分が焼失したノートルダム大聖堂


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映画「ポンヌフの恋人」で有名なポン・ヌフ。和訳すれば新橋。


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ルーブルのアレ。一応通りかかったので。

 

ホテルに戻るべく、地下鉄駅に入ると、深緑の制服を着たガチムチのおじさんが愛想よく「ボンソワ〜」と話しかけてきた。制服を着ているとはいえ、着こなしがだらしなく(上着を半分脱ぎかけていた)、何か怪しいので無視すると今度はドスの効いた声で「ボン!ソワッ!」とこちらを睨みながら怒鳴られた。そして切符を見せろという。要は、あまりに無賃乗車が多いため、検札をしていたのだ。「ボンソワ」とはフランス語で「こんばんは」の意味らしいが、こういう使い方もあるんだな、と妙に関心した。

 

 

さあ帰るぞ日本へ。

翌朝、ホテル前から空港シャトルバスに乗り込んだ。疲れが出たのか眠りこけてしまい、あまり覚えていない。

 

空港に着き、アエロフロートのチェックインカウンターに向かった。安かったのでモスクワ経由のチケットを買っていたのである。

しかし、出発3時間前にも関わらずオープンしていない。カウンターにスタッフはいるのだが、ずっと端末を操作していたり、上司と思われる男性と話し込んでいたり、ラチが開かない感じである。

仕方なくベンチに座って様子を見ていると「日本の方ですか?」と男性に話しかけられた。日本から娘に会いに来ており、モスクワ経由で帰るという。と、男性は気になることを言い出した。

「ついてないですね、モスクワで事故なんて。」

聞けば、我々が経由地として向かう予定だったモスクワ、シェレメチェボ空港で飛行機の炎上事故があり、空港が封鎖されているとのことであった。なんとも痛ましい事故である。亡くなられた方々のご冥福をお祈りする。(大部分がロシア正教徒か無宗教だろうけど)

しかし、我々は今日中に帰国しなければ仕事に支障が出る。とりあえず、まだ疎らにしか人のいないチェックインカウンターに並んでみることにした。しばらくしてオープンしたが、そこで得られたのは「飛行機がキャンセルになったので、チケットカウンターで手続きをしてください」という案内のみであった。

こういう時、順番は早いほど良い。チケットカウンターにダッシュし、前から2番目の位置をゲットした。それでも当日の便には空きがなく、翌日のフライトになってしまった。

チケットカウンターの疲れた顔をした係員は、深い溜息を何度も突きながら、空港近くのINNSIDEという紛らわしい名前のホテルを取ってくれた。ランチ、ディナー、朝食付きである。

ランチはブッフェ式で、鶏肉(パサパサ)、芋、パンとブラウニーのみという粗末さ。しかもコーヒーマシンが故障中で、飲み物はタップウォーターのみである。ちなみに、ディナーも全く同じラインナップであった。タダで取ってもらったので文句は言えないが、普通にお金を払って泊まっている客は何も文句を言わないのだろうか。

暇なので空港に戻り、ターミナル1をグルグルしたあとはホテルバーでビールを飲みまくった。

夜中、Skypeで会社に電話をかけ、もう1日休みをもらった。優しい上司は、気をつけて帰ってきてくださいね、と言ってくれた。

翌朝は同じくブッフェ式の朝食ではあったが、チキン、芋、パンに加えて品数も多く初めて満足に食事を取れた。思うに、朝食だけ真面目に作り、昼夜は朝の残り物で切り盛りしていたのだろう。企業努力というやつだ。

なんとなくモヤモヤしながら、再び空港へむかった。

 

 

今度こそ帰るぞ日本へ。
ところで振り分けられたはエールフランスの直行便、しかも席はプレミアムエコノミーである。もちろん事故は痛ましいのだが、不謹慎ながらも少しラッキーと思ってしまう。

出国審査を済ませて搭乗待合室に行くと、見た感じ半分以上が日本人である。そのせいか、搭乗開始のアナウンスがなぜか日本語でしか流れなかった。ヨーロッパ人はざわついたが、日本人の様子を見て搭乗開始を悟ったらしく、すぐに大人しくなった。フランスの空港で日本語のアナウンスのみ、というのも妙な話だが、あれはミスだったのだろうか。

ふと見ると、着物を着て長い髪をチョンマゲにした極東アジア系の男性が目に付いた。外人連中に「オー、サムライボーイ!」などと言われて愛想を振りまいており、格好の割には日本人とは思えないコミュニケーション能力である。とはいえ、着物なんて着るのは日本人くらいだろうから日本人なのだろうとは思うが、それにしても日本国内ですら成人の日くらいにしか見かけない中、わざわざシャルルドゴールでキモノを着るというのも何某かの意図を感じざるを得ない。間違いなく、外人に「オー、サムライ!クール!」と言って欲しいだけの構ってちゃんなのだろう。ダッセ。(単にコミュ力の高いこの男性に対するコミュ障のヒガミである。)

 

さて、グヌヌと僻みながら優先搭乗すると、さすがプレエコ、座席がとても広い。座って後から入ってくる人々を眺めていると、何故か日本人女性に「ベレー帽、ボーダーシャツ、フレアスカート、好ましくはバレエシューズ」みたいな格好の方が多いことに気がついた。あれはなんか元ネタあるのだろうか。日本人以外にそういう格好の人は見かけなかったのだが。

さて、搭乗案内中に流れてきた日本語アナウンスによれば、飛行機内には英語、フランス語以外に、ロシア語、スペイン語ポルトガル語を話せる乗務員が乗っているとのこと。要は中国語以外の国連公用語と、日本語、ポルトガル語である。なんだそれ。すげえなエールフランス

離陸前にエレガントだのシックだの、お花畑女子がイメージしそうなフランス的ワーズを連呼するセイフティビデオを見る。ビデオには白人女性4人にアジア系女性1人、アフリカ系女性1人と、それなりに人種のバランスに配慮しているのが印象的であった。

そうして、我らがエールフランス機は遙かな日本に向けて飛び立った。

 

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ウェルカム的なスナック。おいしいプリッツという感じ。


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機内昼飯。エールフランスではエコでもシャンパンを出してくれるのだ!


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機内夜飯(というか日本時間では朝飯)。カトラリーが木というところに、EU的なプラスティック問題への取り組み姿勢が垣間見られる。

 

そうして、12日間の日程を終え、無事日本の地を踏むことが出来た。

到着ロビーで例のサムライボーイを見かけたが、飛行機で着替えたらしく、洋服になっていた。

やっぱり構ってちゃんじゃねえか!

ドイツ編(ベルリン 、ケルン)

ドイツ編の続き。

 

まずはカフェで朝食を

ベルリン2日目の朝は、ホテル近くの「アインシュタインカフェ」にて。Breakfast of Viennaセット(9.5ユーロ)にカフェ・オ・レを追加。

「ウィーンの朝食」セットには、半熟ゆで卵2個、山盛りのパン、ジャム(苺とアプリコット)、バターがついてくる。中でもゆで卵が出色であった。半熟卵2個をグラスに2個重ねて詰め、上から猫草様の謎の植物の小口切りを散らしてある。シンプルに塩胡椒でいただいたのだが、トロトロの黄身とプルプルの白身に謎の植物の青臭さがアクセントとなり、「卵の本気」を見る思いである。パンやバターはヨーロッパなりに旨い。

 

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パンが山盛り。ベルリンでウィーンの朝食とはこれいかに。

 

カフェから出ると、朝から「ビクトリー!」と雄叫びをあげるガチムチの男たちに遭遇した。贔屓のサッカーチームが優勝でもしたのか知らないが、朝から景気の良い輩だ。彼らの影にはきっと朝から負けて悔しがる連中もいるに違いない。

 

フンボルト博物館へ

朝食の後は路面電車フンボルト博物館に向かった。フンボルトペンギンフンボルト海流のフンボルトである。

 

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フンボルト博物館外観。けっこう古い。

 

入るとまず、恐竜の化石が目を引く。恐竜ガチキッズがたくさん群がっていた。

 

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これ以外にもたくさんあった。ものすごい大きい。

 

始祖鳥の化石も有名である。こんなグシャッと潰れて干からびた痕跡がなぜ太古の鳥の化石だとわかったのだろう。もちろん疑っているわけではないのだが、2次元に押し込められた生物の骨は、鳥と言われれば鳥に見えるが、トカゲと言われればトカゲにも見える。まあ、素人には全くわからない奥深い世界があるのだろう(ざっくり)。

 

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始祖鳥。蝶のように舞い、蜂のように刺す。

 

フンボルト博物館で最も感動したのは、剥製の出来の良さである。毛皮は艶やかで、ポージングも生き生きとしており、今にもガラスケースを蹴り破って飛び出してきそうなほどであった。

剥製を作るにおいてもドイッチュマイスターの腕は確かなのである。


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ヒゲペンギン 。まるで空中を泳いでいるかのよう。かわいい!

 

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悲しげな目のコアラ。尻にオジサンを映し出し、哀愁を漂わせている。


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獲物を貪るキツネ。なんで動かないんだっけ?と混乱するほどの高いクオリティ。


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オウムに飛びつくヒョウ。時間をそのまま切り取ってきたかのような躍動感。

 

この素晴らしさは、他の国のネコ科の剥製と比較するのがわかりやすいだろう。

フンボルト博物館のライオンの剥製は、威風堂々としつつダルそうな、まさにテレビの動物番組で見るライオンそのものである。ジャガーもしなやかで迫力がある。


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フンボルト博物館のライオンの剥製

 

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模様的に多分ジャガー。ヒョウとかチーターではなく。

 

アメリカの剥製はディズニー臭いというか、エンタメ寄りの仕上がり。嘘くさい動きで、何やら景気の良いことを話し出しそうである。

 

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ニューヨーク自然史博物館の虎の剥製。

 

一方ロシアは、いつ作られたのかは知らないが、どことなくソ連品質である。なんとなく、虎など見たこともない同志が偉大なる指導者の計画に従い見様見真似で作ったという感じがする。

 

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モスクワ自然史博物館の虎の剥製。


その他、フンボルト博物館ではペンちゃんが無残にぶった斬られていたり、


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なんと酷いことを!!(ペンギンは実は足が長いんです的なアレかな?)

 

人骨模型の手足が日本では見かけないレベルで長かったり、


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スタイル抜群。

 

ホルマリン漬けがドイツ式に埃一つないガラス棚に整然と並んでいたり、


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こんなところでもドイツの5Sは健在。

 

中でも魚のホルマリン漬けが美味しそうだったり、


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出国以来、全然魚食べてなかったんで・・・。

 

コウテイペンギンの赤ちゃんの剥製が可愛すぎたり(でも殺すのは可哀そう)、まあ色々楽しい博物館である。


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かわいそうかわいい!!!

 

そして西側百貨店へ

その後、西側百貨店といういかにもな名を持つKDW(Kaufhaus des Westens)前まで移動。屋台でカリーブルストとビールを摂取した後、KDW最上階にあるカフェテリアで焼いた肉と芋のスープを摂取した。夫はホワイトアスパラを食べたのだが、提供の列に並んでいた際、同じく順番待ちの現地のおじさんに「ウム、貴君も良い選択である!」と褒められたらしい。カフェテリアの一階下が食料品フロアとなっており、売っていた肉が見るからに質が良く、とてもおいしそうだった。

 

その後チェックポイントチャーリーを通りかかり、星条旗を持ったコスプレイヤーを遠巻きに見る。遠巻きに、というのは近づいて写真を撮ったら金せびられそうだから。

 

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星条旗を持っているけど、きっとドイツ人。

 

その足でドイツ歴史博物館へ。

ここではドイツの歴史に沿って様々な展示があったのだが、途中で飽きてしまい、展示をスキップしようと順路を逆行したら係員に注意された。順路といっても壁に控えめに矢印が書いてあるだけの広々とした空間を逆方向に歩いただけである。ドイツ人がルールに厳しいというのはどうも本当らしい。まもなく閉館時間になり、一番興味のあった近現代コーナーは大急ぎで通り過ぎなければならなかった。

 

DDR博物館

ドイツ歴史博物館の閉館後もまだ時間はあったため、DDR博物館に入った。ご存知だろうが、DDRとはドイツ民主共和国(Deutsche Demokratische Republik)の略で、いわゆる旧東ドイツである。

ここでは旧東ドイツの日用品や当時のニュースがキャッチーな感じでまとまっており、当時の一般家庭の部屋の再現や秘密警察の盗聴システムなどが見られる。それほど反共のニオイは強くなく「東ってこんなんだったんだよねアハハハ」的な軽いノリなのが意外であった。中でも「東ドイツあるあるクイズ」らしき展示で年配の方々が異様に盛り上がっていたのだが、何がそんなにおもしろいのかサッパリわからなかった。

売店で絵葉書をゲットしてる外に出た。郵便局にある切手の自販機で切手を貼り、投函。この自販機でなかなか苦労したのだが、どうやって解決したのか覚えていない。何ユーロ札しか使えないとか、そんなようなものだった気がする。


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ソ連の宇宙飛行士(ガガーリンっぽい)を出迎えるベルリンのクマちゃん

 

そこからテレビ塔、世界時計などを見てホテルに戻った。路上では、嬉しそうに缶ビールを飲んでいるオジサンが散見された。ドイツは路上飲酒は違法じゃないらしい。それにしてもドイツのビール好きは本物だ。ビールを飲んでいる人はみんなニコニコしている。飲酒に福祉のニオイがないのは幸せな証拠である。


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テレビ塔。なんとなくUFO呼べそう。


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世界時計。東京よりもソウルよりも平壌が上に書かれているあたりはアレだな。

 

さーて今日の夜ごはんは?

この日の夜は駅前で買ってきたケバブである。中の肉はナニモノかのすり身を固めて焼いてスライスした正真正銘の謎肉だった。ボリュームがあってコレはコレで旨かったが、アレは何肉だったんだろう。鳥と何かを混ぜたような味ではあったが。

 

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謎肉ケバブ。悔しいことに美味い。

 

翌日はケルンに向かいますよ。

翌朝、インターシティエクスプレスでケルンに向かう。駅で朝食のパンを買いたかったのだが、パン屋は長蛇の列であり、かわりに併設のお菓子屋さんでケーキを買った。結果としてケーキを入手してウッキウキである。購入したのはアプフェルクーヒェン、イチゴのタルト、エクレアのようなサクサクのパイの三種類。店員は注文を聞くとそれらをボール紙に手際よく乗せていき、油紙でくるくると包んだ。日本で見られる紙箱より持ちづらいが、ゴミが少なくて良い。

 

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パンがなければお菓子を食べれば良いじゃない!

 

この持ちづらい紙包を捧げ持ち、潰したり落としたりしないよう注意してプラットフォームに上ると、どうも雰囲気がおかしい(お菓子だけに)。

なんと我々が乗るはずだった最新鋭のICEは、故障だかなんだかで超オンボロの機材に変更になっていたのだ。年季の入ったシートはクッションが潰れてベコベコになっており、トイレもちょっとここに書けないくらい汚かった。残念だ。この日こそは食堂車でビールを飲もうと思っていたのに。ションボリしてしまい、あんなにウッキウキしたケーキでもテンションは戻らなかった。ケーキの写真も撮り忘れた。美味しかったのに!

その時、元気に「ハロー!」と熊のような大男が現れた。乗務員がHARIBOをサービスで配っているのだ。「オンボロでごめんね、みんな大好きHARIBOをあげるよ!」と言わんばかりに籠のHARIBOを勧められたが、それまでの自分のテンションとの差について行けずに混乱し、つい断ってしまった。すると「せっかくのHARIBOなのにいらないのかい?」とでも言いたげな悲しそうな表情で熊男は去って行った。

 

気を取り直してケルン観光

不貞寝して起きるとそこはケルンであった。

ケルン大聖堂は駅前にあってお手軽である。入場無料。外壁の一部補修中だったのだが、雰囲気を壊さないように補修中部分には実際のケルン大聖堂外壁を再現した絵のついたネットがかかっていた。今回の旅で何度か見かけたが、これはけっこう良いと思う。せっかく訪れた観光名所が補修中だとガッカリするが、これだと目を細めれば補修中であることも気にならない。

 

これがケルン大聖堂の内部である。天井が非常に高く、それがえもいえぬ神々しい空間を作り出している。

 

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すごい建築技術。

 

そして、ケルンといえばケルシュである。ケルシュとはケルンで作られる軽いビールで、日本のワンコそばのようにおかわりを前提として飲む。おつまみに「メット」という生の豚肉(!)のミンチを乗せたトーストや、再びシュニッツェル等をいただく。


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ケルシュ。苦味が少なくアルコールも薄いので、カパカパ飲めてしまう。


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手で隠しているのは、写真を撮る前に齧り付いてしまったから。

 

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シュニッツェル。ここでもやはり肉と芋。


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ケルン名物、「天と地」という仰々しい名の芋と肉。黒いのは血のソーセージ。

 

すっかり満腹になった我々は、腹ごなしに散歩のつもりが何故かデザートにカフェでケーキを食べ、罪悪感には気づかないフリをしてベルリン名物「ベルリナー」を購入した(ケルンで)。ベルリナーはジャムの入った丸いドーナツに砂糖をビッシリとまぶしたもので、甘いもの耐性の低い方々は一口で気が遠くなるであろう。私は甘党なので美味しくいただいた。


そしてタリスでパリへ。

赤い高速鉄道、タリスで向かうのは、いよいよ最終目的地のパリである。たまたま隣の席には日本人家族が座っていたのだが、DQNというかモンスターというか、ものすごい地雷臭が漂っていたので目を合わせないようにした。詳細は書かないが、「日本人のマナーは素晴らしい」という海外の反応を騙った自己満足をよく聞く一方、「マナーの悪い日本人」というのも本当にたくさんいるのである。

 

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次回、最終回パリ編へと続く!

 

 

おまけ。

それにしてもドイツで思ったのは「浦沢直樹って絵うまいんだな。」ということである。なんのことかわからない方々もいるだろうから説明すると、20年ほど前、浦沢氏による『Monster』という漫画があった。この漫画にはとにかくドイツ人がたくさん出てくるのだが、ドイツの人々は皆この登場人物によく似ていた。人気漫画家に対して失礼だろうが、やっぱすげえ絵うまいんだな。

アムステルダム、ベルリン

ユーロスターのトラブルにより、ロッテルダムインターシティに乗り換え、アムステルダム入りした我々の目的はクロケットの自販機である。説明するまでもないが、クロケットというのはまあ概ねコロッケのようなものと言ってよかろう。アムステルダム中央駅構内には、このクロケットの自販機があるのだ。

クロケットの自販機は、一見下駄箱のようである。お金を入れ、好きな扉を開いて紙に包まれたクロケットを取り出す。この自販機の写真を撮っていないのが悔やまれるが、関東あたりの田舎でよく見かける卵の自販機と同じシステムである。いや関東以外にもあるんだろうけど。

世界中の自販機ファンがこれを目当てにアムステルダムを訪れるという。知らんけど。

 

思った以上にホカホカのクロケットをポケットに入れて乗り換えの電車を待った。

 

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ビーフクロケット。平たく言えばクリームコロッケである。塩気がキツいが旨い。もっと食べたい!!

 

オランダ人には怒られそうだが、今回のアムステルダム観光は以上である。

あとは有料トイレに入ったり、売店でストロープワッフルを買ったり、外でタバコを吸い(夫が)、吸い殻がフルヘッヘンドして薄ら発煙している(マッチ1本火事の元!)ゴミ箱に吸い殻をねじ込んだり、電車の到着が待ちきれずに再び有料トイレで用を足したりしただけである。

アムス駅はトイレが少なく、しかも全て有料だったため、アムスで1番金を落としたのは有料トイレではなかったかと思われる。

そういえば、通行人の身長がやたらと高かった。

 

アムステルダムの次は、再びインターシティでまずはハノーファーまで向かう。

独国境を越えると、「ウェルカム・トゥー・ドイッチュラント!」という英独チャンポンの放送が流れた。ジャーマニーではなくドイッチュラントというあたりに何かのこだわりを感じる。

オランダからドイツ国境を越えた途端、急激に家々の手入れが行き届き出すのが興味深い。街も清潔で、農家の納屋のようなヨレヨレボロボロになりがちな建物すらビシッと角が立っている。

 

ハノーファーでは乗り換えるのみで、今度はインターシティエクスプレス、略してICEに乗り換えた。

ICEには食堂車がついており、そこでビールを飲むのを楽しみにしていたのだが、ドイツ人のオッサンやらオジイサンやらで足の踏み場もないほど混んでいた。皆ニコニコしながらビールを飲みまくっている。いやあ、ドイツ人て本当にビール好きなんだな。

仕方なしに瓶ビールを買い、栓を抜いてもらって席に戻って飲んだ。

ビールを飲むと、疲れて寝てしまった。気づけば外は暗く、まもなくベルリン駅のチリ一つないホームに滑り込んだ。

 

ベルリン駅は、オープンな階層構造の建物で、さりげなくカリーブルストが売られていたりする。日本含め、これまで訪れたどの都市よりも整理整頓清掃清潔躾が行き届いていた。

 

ベルリン駅からブランデンブルク駅までは地下鉄に乗り、そこから宿まで歩いて向かった。

この辺りは東ベルリンであった土地である。ロシア大使館やらアエロフロートやらが並んでおり、分割統治時代の息吹が感じられる。

 

ベルリンの宿はウェスティン・グランド・ベルリン。古いながらも5Sが徹底された安心感と居心地の良さがある。

ロビーは上層階まで吹き抜けになっており、上から下まで眺めているだけで結構時間が潰せる。設計は日本の鹿島建設


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階層構造フェチにはたまらない円形の吹き抜け。音の響き方が独特であった。

 

晩ごはんは近くのビアパブにて、カリーブルストと子牛のシュニッツェル。カリーブルストは、上のカレー粉が上品で、ケチャップが少し辛味がある。大人の味でビールに良く合う。シュニッツェルもう旨いが、まあ牛カツだな。パン粉が細かいので、見た目よりもあっさりしている。

 

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シャツがシワシワなのは乾燥機で乱暴に乾かしたから。

 

前日のステーキフリットに続き「肉と芋」のみの食事である(フランスに着くまでは基本コレが続く)。来る前は芋が主食だと飽きそうだと思っていたのだが、案外飽きない。そして割と何にでも合う。主食として優秀である。

 

次の芋と肉に続く。

ユーロスター(セントパンクラス、アムステルダム )

前回、我々がわざわざヘルシンキからロンドンに渡り、1泊した理由は、ユーロスターに乗るためであった。

言うまでもないことだが、ユーロスターグレート・ブリテン島とヨーロッパ亜大陸にまたがる英仏海峡トンネルを最高時速300キロで駆け抜ける国際列車である。

 

海底トンネルにはロマンがある。水面に浮かんで波に揺られる無力な船に乗ることなく(船酔いするんですよワタクシ)、海峡の底、つまり安定した地面を歩くなり走るなりして向こう岸に渡れるなんて、現代文明万歳。それだけで興奮するものがある。

1980年代に生まれた私は、成長とともに青函トンネル開通、件の英仏海峡トンネル開通、東京湾アクアトンネル開通、ボスポラス海峡トンネル開通のニュースにリアルタイムで接し、そのたびに是非渡りたいと思っていた。いつかユーロスターにも乗ってみたいと思い続けてきたのだ。

 

そんなわけで、ユーロスターである。

セントパンクラス駅のマークス&スペンサーでサンドイッチとミルクセーキ、クッキーを購入し、ユーロスターのセキュリティチェックに並ぶ。かなり混んでいるのだが、出発時間の近い列車に乗る人は入り口により近い場所から列に割り込むことができる合理的システムなので安心だ。

 

セキュリティチェックの後はパスポートコントロールである。

シェンゲン協定外のイギリスから協定内に入るため、EU内の移動であっても出国・入国審査が必要である。入国審査は対岸のフランスの管轄である。電車の絵が描かれた可愛らしいスタンプを適当に開いたページに豪快に押してくれた。

これでイギリスにいながら手続き上は対岸のフランスに入国していることになっている。愉快である。

 

時間までは、ベンチでサンドイッチを食べたりミルクセーキを飲んだり、トイレに行ったりして過ごした。トイレは一般的なJR駅のトイレくらいの清潔さである。潔癖でなければ問題ないのだが、いかんせん薄暗いので謎の場末感が漂う。(眩しいんでしょ、わかってますよ)

 

さて、これがロンドン発アムステルダム行きのユーロスターである。(今回はじっくり写真を撮る暇があった。)


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暇はあったのだが、しかし、何故かこれ1枚しか写真を撮っていなかった。何故なのか。

 

ロンドンを発った我らがユーロスターはジワジワと速度を上げ、イングランドの片田舎を222キロで駆け抜け、英仏海峡トンネルを259キロで疾走した。(速度がモニターに表示されるのだ)
散々萌えると言っておきながら、海底トンネルに入ると外は暗いし、まっすぐ東に向かうだけである。案外無感動。地図で見ていた方が興奮したくらいである。

 

欧州ノ星という相撲取りのような名の列車は、なんの盛り上がりもないまま大陸に乗り上げ、その後驚きの334キロまで加速し、まさに順調そのものである。

我々も、心底油断した。あとはアムスでドイツ国鉄に乗り換えて、ベルリンのホテルで寝るだけだ。

「いやぁー、快適快適、まさに順調そのものですなぁ。」
「インドとロシアを過ぎれば楽勝ですなぁ。」
トラブルがヒタヒタと近づいてくるのにも気づかずに。

最初の兆候は、コンセントだった。充電器を差しているのに、iPhoneに雷マークがつかない。

そして、ブリュッセルを超えたあたりで突然消灯した。

しばらくすると「不具合のため、照明が消えております。現在不具合箇所を点検しております。」とアナウンスが入った。割に聞き取りやすい英語である。

よく知らないが、照明は走行系とは関係ないだろうから、問題ないだろう。そうタカを括っていた。

 

そのうち、見るからに速度が落ちてきた。再びアナウンスが入る。

「電気系統の故障のため、速度を落として運転しております。」

まあ、こんなことは東海道新幹線でだって経験がある。夜の品川〜東京間を高架上の真っ暗な車内から見るのはオツであった。

 

そうしてロッテルダムにつくと、そのまま修理し、修理が完了次第発車するというアナウンスが入った。まあすぐ動くだろう。ここでも我々はまだ特に気にせず待っていた。

 

しかし、待てど暮らせど動かない。

車内放送は「修理中です。あと10分ほどかかります。」と繰り返すだけである。そのうち車内がざわつき出した。席を立ち、辺りを忙しなく動き回る人もいた。

それでも我々は呑気に座っていた。

 

「修理完了にはあと20分ほどかかります。お急ぎの方は13番線のインターシティにお乗り換えください」その放送が入ると、立っていた人々は一斉に列車から降り始めた。

それでも我々は、乗り換える気にはなれなかった。一つには、せっかく憧れのユーロスターに乗っているのだから最後まで乗りたいという気持ちがあった。次の乗り換えにはまだ時間的な予約があったし、20分程度の待ち時間であれば、重い荷物を持って階段を上り下りするのも億劫だった。20分で終わる確証などなかったのに。

今思えばあれが正常性バイアスというものだったのだろう。

 

乗り換える人の波がひと段落する頃、再度アナウンスが入った。

「修理完了の目処が立ちましたので、あと30分で発車します。その後もアムステルダムまでは1時間ほどかかる見込みです。」

ロッテルダムアムステルダム間は60キロである。つまり修理完了しても時速60キロでしか走れない。ロシアの爆走タクシーの半分の速度である。

さすがに馬鹿馬鹿しくなって電車を降り、13番線に向かって走った。火事場の馬鹿力とはああいう状態を指すのだろう、信じられない速度で階段を駆け上り、そして駆け下りた。

そして無事、発車直前のインターシティに滑り込むことができた。


どんなに順調に見えても、油断してはいけない。

そして、少しでも違和感があれば、脱出を検討しなければならない。

固く誓った我々であった。(しかし、すぐにまた油断した。)

 

続く。